第26話 暗闇の中で

「アイファ……アイファ!」


 空を飛ぶことはできなくとも、オディオはアイファを探して、雪の中を歩く。


「いないのか、アイファ!」


 吹雪に晒され、体温を奪われても、オディオは暗闇の中を前に進み続けた。

声が枯れるほど、アイファの名を叫び続ける。

 どこへ行ってしまったのだろう。あの家に、ちゃんと帰ってきてくれるのだろうか。

 アイファはオディオの言葉を、何か誤解していたようだった。ひどく、傷つけてしまったのかもしれない。

 今頃、寂しがって泣いているんじゃないだろうか。お腹だって空かせているだろう。寒さに震えて、膝を抱えているだろう。

 アイファはオディオがいなくても、一人で生きていけるようにならなければいけない、とは思っていた。

 けれどこんなふうに、ろくに説明もできないまま、何かの誤解を抱えて別れることを望んでいたわけじゃない。

 早く、早く、見つけてやらなければ。

 焦燥と不安の中で、オディオはまず、ハンレットに向かった。

 道中、魔獣に襲われることもあったが、全て倒した。だが、息が切れている自分に気付く。

 いくら強化された人間で、同じ年齢の人間達よりかは遥かに動けるとはいえ、全盛期の頃とはもう同じように動けない身体がもどかしい。

 やがてルクスの家に到着すると、彼女はオディオの身体を心配し、防寒の魔法をかけてくれた。


「それじゃ、私もアイファを探しに行くわ。二手に分かれて探したほうが早いでしょう」

「もう暗いし、外は雪が降ってるんだ。危ないぞ」

「どの口が言っているのよ。私よりヨボヨボなのに」

「ヨ、ヨボヨボってことはないだろ。まだ、そこらの魔獣には負けないんだからな?」

「でももう若くないでしょ。あなたに何かあったとき、アイファも私も悲しいのよ。無理をして、わざわざ寿命を縮めるようなことしないで」

「……も、もうちょっとこう、婉曲的な表現というか……」

「こうでも言わないと、あなたは無茶するじゃない!」


 今日のルクスの物言いは厳しいが、それは全て、オディオのことを想ってくれているからこそだ。キツい言い方の中にも、心配してくれているのだと、愛情が伝わってくる。


「ありがとう、ルクス」


 不器用な優しさで自分を想ってくれる彼女に、オディオは心からの礼を言う。


「でも、無茶をしなくても、俺はもう……」


 長くはない、と。

 最後まではっきり口にされなくても、ルクスには彼の言いたいことがわかった。

 だからこそ、少しでもオディオの心を救うように告げた。


「……オディオがいなくなったら、私が、アイファを守るわ」

「……うん、ありがとう」


 再び礼を言いながら、今度の声には、微かな憂いが含まれていた。それを、ルクスもわかっていた。

 オディオは家族を失っていて、同族である人間からは追放されている。一番大切なのはアイファ、一番守りたいものもアイファで。二番目に大切なものはルクスだけ。それ以外には、何もいらない。全てを捨てられる。

 けれど、ルクスはそうもいかない。

 ルクスはエルフとして生まれ、エルフ達の中で育った。共に過ごしてきた年月だけで言えば、オディオよりもエルフ達との時間のほうが長い。

 家族はいなくたって、ルクスにとってエルフ達は、大事な仲間だ。

 たとえばもしもこの先、エルフと魔者が対立するようなことがあれば、ルクスだけでアイファを守り続けることは難しい。

 何よりルクスは、アイファが自分には、オディオのように懐いてくれないことをわかっていた。

 別に、アイファとルクスは、仲が悪いわけではない。

 だけど、アイファにとってオディオは、あまりにも特別なのだ。

 それこそ、オディオを失ったら、生きてはいけないほどに。

 アイファにとってオディオは、命の恩人で、大切な家族で、大好きな男の子で。

誰もオディオの代わりにはなれない。

 ……なら、どうしたらアイファは救われるというのか。

 オディオもルクスも答えを出せないまま、二人は吹雪の中、アイファを探し続けて。

 それでも、アイファを見つけることはできなかった。

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