第3章

第22話 ずっと、

 最初にオディオが異変に気付いたのは、オディオが十四歳のとき――アイファと出会って二年目だった。


 オディオとアイファは、出会ったときは、オディオのほうが少し身長が高かったけれど、それほどの差はなかった。アイファは年齢不詳だが、外見年齢でいえば、二人は十二歳と十歳くらいだった。

 それからオディオはぐんぐん背が伸びて、アイファとの身長差が開いていった。 


「オディオ最近、どんどんおっきくなるね」

「そうだな。アイファは背、全然伸びないなー」

「みゃー」


 アイファの耳が、悲しそうにぺたんと垂れる。


「オディオは、背、低い子、きらい?」

「いや? 嫌いじゃないよ」


 身長差が開いたことを、オディオは単純に、男女の差だと思っていた。だからそう答えたし、背が高かろうが低かろうが、アイファはアイファだと……どんなアイファであっても、好きだと思っていた。


 だけどそれから一年、二年、三年が経っても、アイファはまったく成長せず。

 オディオだけが、どんどん成長していった。

 そのときには既に、内心に困惑と焦燥を抱いていた。

 だけどオディオを困惑させたのは、アイファだけではない。


「こんにちは、オディオ」


 ある日、考えごとをして森の中に一人佇んでいると、ルクスに声をかけられた。


「……ああ、ルクス」


 アイファだけでなく、ルクスやハンレットの他のエルフ達の姿も、まったく変わらない。

 ルクスは以前のオディオにとっては、憧れのお姉さんだったのに。外見年齢では、もう同じくらいになっていた。


「どうしたの、なんだか元気なさそうね。何か悩みごと?」

「や、その。俺、この五年で、だいぶ背、伸びたじゃん?」

「ええ、そうね」

「その。アイファは……成長が、遅くないかな」

「…………」

「アイファだけじゃなく、ルクスや、他のエルフの皆も。全然、姿が変わらないよな」

「あなたの成長が、早いんでしょう」

「そ、そうか?」

「そうよ」


 ルクスは、当然だと言うように。

 けれど、どこか寂しげに口にした。



「あなたは、人間だもの」



 ――オディオは結局、「種族が違う」ということの重さを、正しく理解していなかったのだ。


 エルフなら耳の形が違うだけ。魔者なら翼や尻尾があるだけで。姿形が大きく異なるわけでもないし、言葉だって通じる。

 種族で差をつけたり、分けたりすることに意味なんてないんじゃないか――なんて。

 そんな考えが、いかに、浅はかだったか。

 時間が、自分以外の全てのものを置き去りにして進んでゆくみたいだった。

 他の誰も歳をとらないのに、自分だけが年齢を重ねて変わってゆく。

 もともと顔を隠していたけれど、時間の流れを痛感してから、更に顔を出すことが嫌になった。自分と周りの変化の差を、思い知らされるから。


「……あのさ。ルクスって何歳?」

「……百五十歳よ」

「エルフの寿命って、何年なんだ」

「大体、千年と言われているわ。……寿命を迎えるエルフは少ないから、正確にはわからない。大抵のエルフは、寿命を迎えるより先に、魔獣に襲われるとか、病気になるとかの原因で命を落とすものだから」


 千年。人間からしたら信じられない年月に、一瞬言葉を失った。


「じゃあ……魔者の寿命は?」

「わからないわ」


 二人の間を、風が吹き抜けてゆく。

 ゆるい風なのに、まるでそこに、どうしようもない隔たりがあることを教えるかのように。


「わからない……けどきっと、人間の何倍、何十倍も長いんでしょうね」


 ラーフェシュトの人間の寿命は、約六十年だ。もっともそれは、寿命を迎えるというより、魔獣に襲われたり、病によって命を落としたりすることも含めてだが――この世界で七十歳以上の人間は珍しい。

 人間の倍なら百二十年、十倍なら六百年。エルフのことを考えると、アイファはそれよりもっと長く生きる可能性が高い。

 気が遠くなりそうだ。……そして、何より。

 だとしたら、オディオはアイファと「ずっと」一緒にいてあげることは、できない。


「……私も、知らなかったの。本当に」


 ルクスは、遠くを見るようにして語る。


「エルフは、生まれてから二十年くらいまでは、人間と同じような速度で成長するわ。そこから、成長がぐっと緩やかになるの。だから皆、ほとんど大人なんだけど。

魔者は……違うのね」


 魔者は数が少ないうえに他の種族から敬遠されており、他種と交流することがほとんどない。

 そのため、その生態は謎に包まれている。

 アイファはこの五年の間、ほとんど成長しなかった。言葉もあまり覚えられない。   それはアイファ自身の問題ではなく、魔者の成長速度の問題だ。

 魔者は凶暴性が高く協調性が低いと言われているが、それはもしかして、精神の成長が遅く、ただ幼いだけなのかもしれない。

 それでも、人間と比べたら成長が遅いだけで。アイファだってそのうちちゃんと大人になるのだと。

 オディオはそう信じて、アイファとの日々を過ごしていった。

 二人で暮らす家で、アイファはいつも無邪気に尻尾を振っていた。


「オディオ、オディオ。アイファと、ずっと一緒にいてね」

「なあ、アイファ。俺はな……」

「なーに? オディオ」



 ――俺はな、アイファよりも、ずっと早く死んでしまうんだよ。



 そう、言わなければいけなかった。だけど言えなかった。

 どこまでも無垢で、純粋で。出会った頃と、あまりに何も変わらなくて。

 せめて、せめてもう少し、アイファが大人になったら。

 そうしたら、言おう。

 そんなふうに思っている間に、時間は無慈悲に流れ――


 それでも、アイファが成長することはなかった。

 やがてオディオは、二十代半ばになっていた。

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