第16話 アイファの考え
その翌日。オディオとアイファは、いつものようにハンレットに買い物に来ていた。
「オディオ、今日は何買う?」
「そうだなあ、パンと野菜と……。あとは、アイファは何か甘い物欲しいか?」
「アイファ、ジャム欲しい! 赤いやつ」
「苺ジャムな。じゃあ買っていこう」
「みゃう!」
露店で買い物をしていると、アイファの獣耳ならぬ魔者耳に、ひそひそと周囲のエルフの声が聞こえてくる。
「あの人間と魔者、また来てるのか」
「いくら魔石を採ってきてくれるとはいえ、やっぱり魔者ってのは抵抗あるよな……」
「まったくだ。最近の結晶化騒動は、魔者の仕業なんじゃないのか?」
直接言われているわけではなく、後ろの方から小さな声でひそひそと言われているだけだが、アイファは居心地が悪かった。
「魔者なんて、不気味だよな」
「あの人間のほうだって不気味だよ。いつもあんなふうに顔を隠してさ。あの布の下、見たことあるか? 俺、一度偶然見ちゃったことあるんだけど、すごい気持ち悪いんだぜ」
聞こえてくる言葉に、アイファの尻尾が逆立つ。
(オディオは、気持ち悪くなんてない。みんな、酷い!)
自分のことを言われるよりも、オディオへの悪口に怒りが湧いて、悔しくて泣いてしまいそうになる。いっそ攻撃してしまいたいくらいだけど、そうしたらまた魔者は凶暴だと言われて、オディオに迷惑をかけるだろう。
これ以上嫌な言葉を聞いていたくなくて耳をぺたんと伏せていると、頭にオディオの手が乗せられる。
「!」
思わず、アイファの耳がピンと立つ。
オディオはなでなでと優しく頭を撫でてくれて、それは言葉もなく「気にする必要ない」と言ってくれているみたいだった。
「ほら、アイファ。苺ジャムの他に、柑橘のジャムもあるぞ。どっちも買っちゃうか」
「……オディオ……」
「うん、どうした?」
「オディオは、ひそひそ言われるの、やじゃない?」
アイファは、オディオのことを悪く言われるのが耐えられない。
なのにオディオは、自分が何を言われようが、どこ吹く風だ。嫌な気持ちにならないはずがないのに。
「ああ、まあ……。アイファのことが悪く言われるのは、すごく嫌だけど。でも、相手にしないのが一番だよ。他者のこと悪く言うしか能がない連中なんて、相手にするだけ時間の無駄だ」
「みゃ……」
「ま、それに俺の見た目は、実際綺麗でもなんでもないしな」
「そんなことない!」
思わず大きな声が出て、オディオがかすかに目を見開いた。
確かにオディオの顔も、首も身体も、ひどい火傷やたくさんの傷跡で覆われている。オディオがいつもこの格好なのは、それを隠すためだ。
それでもアイファは、オディオが布を外した姿を見ても、怖いとも醜いとも思わない。
「みんながなんて言っても、アイファには、オディオが一番綺麗でかっこいい」
「そうかぁ……ありがとな、アイファ」
「みっ」
オディオが頭だけでなく耳をそっと撫でてくれて、アイファはドキンとした。
アイファはこうやってオディオになでなでされるのが大好きだ。気持ちよくて、瞼も耳もとろとろと垂れる。
アイファは元気がないとき耳がぺたんと垂れるが、これはむしろ気持ちよすぎてへにょんとなってしまっている状態である。
さっきまでの嫌な気持ちが全部吹き飛んでしまうほど、ふわふわした気持ちで尻尾を振っていると。
「あら、オディオ、アイファ。こんにちは」
ルクスがやってきて、挨拶をされる。
陽の光のような金髪、長い睫毛に縁どられた紺碧の瞳。
同性のアイファから見ても、いつも綺麗だ。アイファはちょっぴり羨ましくて、いつか大きくなったら、こんなふうになりたいと思う。オディオは、こういう美人が好きだと思うから。
「や、ルクス。こんにちは」
「こんにちはー」
「そうだ、オディオ。魔石の仕入れのことで、ギルド長が話があるって言っていたわよ」
「ああ、うん。じゃあ行くか、アイファ」
「あい」
ギルドへ行くと、オディオはギルド長室で話をすることになり、アイファは受付の前の椅子で待つことになった。
アイファには難しい話はよくわからないし、それに、ギルド長はエルフの長とは別のエルフであり、魔者であるアイファのことが苦手みたいだからだ。
オディオとアイファはハンレットの中に入ることを許可されてるし、別に全てのエルフが敵意を向けてくるわけではない。優しいエルフだってたくさんいる。だけど、それと同じように、優しくないエルフもいる。
アイファは椅子に座ってゆらゆらと身体を揺らしながら、ギルドにやってくるエルフ達を眺めていた。
アイファは、オディオのことを格好いいと思っている。別に、顔を隠す必要なんて全然ないと思っているくらいに。
でも確かに、こうして観察していても、オディオみたいに顔に火傷のあるエルフは全くいない。
オディオはもし、火傷がなくなったら、嬉しいだろうか。
……もしアイファが、火傷を消す方法を見つけたら。
オディオはもっと、アイファを好きになってくれるだろうか。
人間の家族にも、負けないくらいに。
「あら、アイファちゃん。何してるの?」
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