第8話 君がいてくれれば

 オディオとアイファは住処にしている洞窟に戻り、いつものように焚火をして寄り添う。


「オディオ、ごめ……」

「アイファ、ごめんな」

「……なんで、オディオが謝る?」


 アイファよりも先に頭を下げたオディオに、アイファは目をぱちくりさせる。


「アイファに、無理させちゃったからだよ。飛ぶの、怖かったんだろ?」


 オディオはまっすぐにアイファを見つめていた。

 だからアイファも、その大きな瞳でじっとオディオを見つめ返した。


「……アイファ、オディオと会う前、空飛んでたら、矢で撃たれた」

「……うん、そうだよな」

「翼が痛くなって、落ちてった。アイファが落ちてくとき、父も母も笑ってた」


 オディオはその場面を見たわけではない。だけどアイファの言葉を聞いていたら、脳裏にその光景が浮かび、胸が痛んだ。


「落ちてくの、怖かった。落ちたとき、痛かった。下が雪だったからだいじょぶだったけど、雪じゃなかったら、だいじょぶじゃなかったかもしれない」


 あの雪の中、アイファは飛んでいた。

 飛んでいただけで、何か罪を犯したわけでもない。

 それでも、魔者だという理由でアイファは撃たれ、地に落とされた。


「今日、飛ぼうとしたとき、それ思い出した。そしたら、すごく怖くなって、うまく翼が動かせなかった。……もう翼、痛くないのに」


 ぺたんと悲しげに耳を垂れさせてしまっているアイファを、オディオは抱き寄せる。


「怖いこと思い出させて、ごめん。飛べなくたっていいよ」

「でも、アイファが飛べないと、オディオが困る」

「困らないよ。魔石を売る件と、集落に入れてほしい件については、もう一度エルフ達と交渉してみよう。それでも駄目なら、何か別の方法を考えればいい」


 オディオはそう言ったものの、アイファの表情は晴れない。


「……アイファいなかったら、オディオだけだったら、最初からこんなことしなくてすんだ」


 エルフ達が「信頼の証」なんてものを求め、わざわざ条件を出したのは、アイファが魔者だからだ。


 弱体化した現在のエルフ族は他種族への警戒を強め、常に緊張感を漂わせているが、人間だけならそこまで敵意を向けない。人間とエルフはもともと友好的な関係だし、そもそも人間には最初から魔力がないのだから。

 オディオだけなら、おそらくエルフ達は何か試すこともなく迎え入れただろう。

けど――


「いやいや、アイファがいなかったら意味がないし。そもそも魔石だって、アイファいたから集められたんだぞ? ほら、見ろよ! もうこんなに溜まってるんだ、アイファのおかげだぞ」


 オディオは、革袋に入れておいた魔石をアイファに見せる。

 宝石のように美しく輝くそれは、一つや二つではなく、革袋にぎっしり入って零れそうなほどだ。

 これを売れば、しばらくはご馳走が食べられる。

 売ることさえ、できれば。

 どんな宝石も、換金する手段がなければ、美しいだけの石だ。腹を満たすことはできない。

 魔石は宝石と違って魔力があるので役には立つものの、空腹を癒やせないという点では同じだ。

 それを理解していながらも、オディオの中に、アイファを責める気持ちは少しもない。


「それにな。俺はただ、アイファがいてくれるだけでも、いいんだ」

「いるだけで、いい?」

「そうだ。飛べなくてもいいし、本当は、魔石を見つけられなくたって構わない。それが目的でアイファと一緒にいるわけじゃないんだから」

「じゃあ、なんの目的で、一緒いる?」

「俺は、人間が好きじゃない――でも、俺は弱いから。独りが好きなわけでもない」

「オディオ、弱くない」

「剣技はな。でも、心は強くないよ。アイファに会う前、本当はずっと寂しかったんだ」


 オディオは、アイファの頭を撫でる。

 さらさらの髪は触り心地がよく、いつまでも撫でていられそうだ。


「アイファがいてくれると、俺は寂しくないんだよ」

「……アイファは、『サミシイ』がよくワカラナイ」


 アイファの瞳はどこまでも澄んでいて、無垢で、不純物の混じっていない泉のようだ。

 その中に、鏡のようにしてオディオが映っている。


「でも、オディオと一緒にいるようなってから、ここ、ずっとぽかぽか」


 そう言って、アイファは自分の胸に触れる。

 その中に、温かな灯りがあるかのように。


「……そっか。なら、よかった」

「アイファ、オディオと一緒がいい。だから、空、飛びたい」

「無理することないよ。アイファが飛べなくても、俺は一緒にいる」

「でも、飛べればエルフ達、認めてくれる。オディオとアイファ、一緒に生きていけるようなる?」

「それは、そうだけど。でも別の方法を考えても……」

「アイファ、飛ぶの怖い。でもまた、飛べるようになりたい」


 実際問題、ルクスリアから貰ったパンもジャムも、もう食べきってしまった。どれだけ魔石があっても、それをお金に換えられなければ――かつ、お金を使わせてもらえる場がなければ、これから二人で生きてゆくことは難しい。

 何より、アイファが「飛べるようになりたい」と望むのなら。叶えてあげたいと思う。

 せっかく翼があるのだ。辛い記憶に囚われたままよりも、克服できるのであれば、そのほうがいいだろう。

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