第7話 エルフ達の出した条件
ルクスとの、約束の日。
オディオとアイファは、エルフの集落であるハンレットという場所の近く、目立つため待ち合わせによく利用される、幹も葉も真っ白な大樹の下へ出向いた。
そこには既に、十数人のエルフ達が待ち構えていた。中には、ルクスの姿もある。
「そなたが、ルクスの言っていた人間と魔者か」
眼鏡をかけた初老の男エルフが、品定めするようにオディオとアイファを眺める。
空気だけでも威厳があって、彼がエルフの長なのだろうな、と自然にわかった。
「はじめまして、オディオです。こっちはアイファ。よろしくお願いします」
オディオはなるべく丁寧に礼をした。
しかし、その場の空気はピリピリと張りつめていて、緊張感が肌に刺さるようだ。
長の後ろに従うエルフ達は、警戒心を隠すこともなくオディオ達を睨んでいる。
全員、短剣や弓を所持しており、こちらが少しでもおかしな動きをすれば攻撃されるのだろうということが、言葉もなく伝わってきた。
ただでさえエルフは五年前に弱体化している。人間とエルフは友好条約があり、人間はエルフを攻めるよりも貸しを作ることで利益を得ようとして、争いにはならなかった。
だが魔者の中には、エルフが弱体化したのをいいことに、略奪行為を行った者も少なくなかった。
今のエルフは、部外者を警戒して当然なのだ。
けれど魔石のために、こうして話し合いの場に来てくれた。
オディオ自身はこんな視線も、耐えられる。問題は、アイファだ。
エルフ達の鋭い視線は、オディオよりもアイファのほうへ向けられていた。
そんな視線から逃げるように、アイファはオディオの後ろに隠れる。その耳は緊張でぺたんと垂れていた。
アイファが「うぅ」と小さく唸ったので、オディオが安心させるように頭を撫でてやると、ピンと耳が立つ。
「私は、ハンレットの長だ。この三日間、私達エルフは話し合いをした。さまざまな意見が出たが、最終的な結論は、こうだ。――魔石は欲しい、けれど簡単にそなた達を信頼するわけにはいかない」
「……じゃあなんだっていうんです? 俺達を倒して魔石を奪おうとでも? でも簡単に倒される気はないし、俺達を殺したら、魔石を継続して入手することはできませんよ」
オディオは緊張を浮かべてエルフ達の様子を窺い、アイファは、しゃーっと尻尾を立てて威嚇する。
「違う、我々はそなた達と戦うつもりはない。我々は、そなた達を『信頼したい』と思っているのだ。
だが魔者を集落の中に入れるということに、反対意見が多くてな。その魔者が、本当に我々を脅かさず、協力的であるということをもっと示してもらわなければ、迎え入れることはできない。信頼の証が、ほしいのだ。
そこで……そなた達に、頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
「今年の冬は寒さが厳しく、高熱で寝込むエルフも多い。ここから東へ三十分ほど歩いた谷の底に、解熱薬の材料となる花、
自在に魔法が使えた頃は、魔法によってその花を採っていたのだが……。今の我々では、難しくてな。だが、空を飛べるなら、簡単だろう?」
「あ、いや、ちょっと待ってください。アイファは翼を怪我してるんです。空を飛べるわけじゃ……」
「怪我? そうは見えないが」
確かに、アイファの翼に、もう傷痕はない。
薬を毎日塗っていたし、魔者は人間より治癒力も高いようで、すっかり傷はなくなっていた。
だが、オディオはアイファが飛んだところを見たことがない。
せっかく翼があるのに、治っているなら飛べるはずなのに、いつも歩いている。
「アイファ、翼、まだ痛いか?」
「……い、たくない」
アイファはそう答えたものの、どこか晴れない顔をしていて、オディオは気になった。
しかし、エルフの長は話を進めてしまう。
「谷への案内と――そなた達のことを知るという目的のため、我々も同行しよう。さあ、行くぞ」
長を先頭に、オディオ、アイファ、エルフ達で列をなして谷への道のりを歩く。
まだ冬ではあるが、今日はよく晴れていて、青空から陽光が降り注ぐ。
そんな天気のよさと裏腹に、エルフ達から発せられる、冷気のような緊張感は消えない。
歩きながらエルフ達はいろいろと質問してきたが、まるで尋問のようで、会話は弾まない。
唯一、ルクスだけは場を和まそうとしたり、アイファにも優しく接してくれたが、それでもオディオ達とエルフが打ち解けることはできなかった。
そうして歩き続けること数十分。
森を抜け、視界がひらけると、大きく深い谷へ辿り着いた。
「うわ、すごいなここ。谷底が見えない」
谷は深く深く、そっと下を覗き込むだけでも身震いするほどだ。
「アイファ、行けるか? 大丈夫か?」
「う……」
きゅっと、アイファはオディオのローブを掴む。
その様子を見て、長の後ろにいたエルフの男が、怪訝そうに眉を顰めた。
「どうした。翼があるんだから、飛べばいいだけだろう」
アイファは浮かない顔のまま、そっと翼をひろげる。
小さな身体が、その場で、ふわりと少しだけ浮き――
「みゃっ」
すぐに、アイファの足はまた地面に着いた。
その様子を見て、エルフの男は苛立っている様子だ。
「やっぱり、俺達に協力する気はないということか? 俺達をからかっているのか」
オディオは、アイファを庇うように前に立つ。
「アイファは、最近翼を怪我したばっかりなんです。ここ数日まったく飛んでいないし、まだ調子が戻ってないんですよ。そうだろ? アイファ」
アイファはまたオディオの後ろに隠れるようにしてぎゅっと彼のローブを掴み、尻尾を丸める。
「こわ、い」
「怖い?」
「飛ぶの、怖い」
そう言ったきり、アイファはオディオの背中に顔を埋めて、口を閉ざしてしまう。
ルクス以外のエルフ達は、明らかに納得がいかない様子だ。
「おい。せっかくここまで来たのに、どういうことだ」
「完全に無駄足だったじゃないか」
「ごめん、なさ……」
「すみません。アイファは悪くないんです」
アイファが謝る前に、オディオがそう言った。
アイファが飛んでいるところを見たことがないし、アイファは歩いている最中も、浮かない顔をしていた。ここに来る前に止めるべきだったのだろう、と。
「謝ってすむと思っているのか。責任をとって、魔石をタダで寄越せ」
「まって。アイファ、頑張るから、オディオをいじめないで」
アイファはそう言ってぱたぱたと翼を羽ばたかせ――
だけど、やはりほんの少し浮いたところで、すとんと地面に足がついてしまう。
わざとではないようで、アイファ自身、困惑と焦りの表情を浮かべ、泣きそうになっていた。
「アイファ、無理しなくていい」
オディオは優しくアイファの頭を撫でるが、場の空気は冬の気温よりも凍りつくようだった。
エルフ達の中には、明らかに失望している者もいれば、口には出さないものの落胆しているのだろうと読み取れる者もいる。
どうするべきか、とオディオが焦っていると――
ばっと、頭を下げたエルフがいた。
ルクスだ。
「オディオさん、アイファさん。こっちこそ、ごめんなさい!」
彼女は真摯に謝罪した後、エルフの仲間達に向き直る。
「やっぱり、こんなのおかしいわ。いくら人間と魔者だからって、二人はまだ小さいのに。しかも、私を助けてくれたのに。いきなり条件を出して、できなかったから責めるなんて」
「何も難しい条件など出していないだろう。翼があるんだから、飛べと言っているだけだ。譲歩しているだろうが」
「でも、アイファさんは怖がっているじゃない。何か事情があるのよ」
「黙れ、ルクス。おまえは他者を見る目がないだろうが。アヴェリシアの末路、忘れたとは言わせんぞ」
エルフの男は、明らかに嫌味っぽくそう言った。
アヴェリシアというのが誰なのか、末路というのが何を指すのか、オディオにはわからない。
けれどルクスは傷ついた顔で、言葉に詰まっていた。
「――そう、だけど……。だからって、それとこの子達は関係ないじゃない! 大体、せっかく魔石を売ってくれるって言ってるのに、試すような真似するほうがおかしいのよ!」
ルクスにそう言われ、今度はエルフの男のほうが言葉に詰まり――オディオに、謝罪した。
「確かに……まだ小さい君達を責めるような真似をしたことは、すまなかった。だが、簡単に魔者を受け入れるわけには……」
ごほん、とエルフの長が咳払いをした。
「オディオ殿、アイファ殿。こちらも少々急かしすぎた。魔石の売買の条件については、日を改めて、冷静になってからもう一度話し合おう」
結局、この日はそのまま解散となった。
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