第6話 この世界と「与命の塔」
この世界の名は、ラーフェシュト。
ラーフェシュトには、「与命の塔」と呼ばれる場所がある。
与命の塔はこの世界で最も高い塔でありながら、どこにも入口がない。
その内部は謎に包まれている――が、塔の頂上に辿り着くことができた者は、老いと死を免れるという。
遥か古から伝わる、こんな伝承があるのだ。
『遥か昔、世界は魔力の不安定さにより、終わりを迎えようとしていた。
十年後に、世界は滅びる――
そんな中、天は世界に、とある者を遣わしてくれた。
世界を崩壊から守るその者は、守護者と呼ばれた。
守護者の死骸が大地に融けることで、世界は滅びを免れる。
しかし守護者は、死を恐れた。
天は彼に、死んだとしても、五百年後に転生させてやると伝えた。
守護者はいずれ死ぬ運命だから、誰も彼に深入りしなかった。
彼は独りぼっちだった。
けれどある日、彼はある少女と出会う。
守護者は、少女と恋に落ちた。
そのことで、守護者は新たな不安を抱く。
自分が死んだら、別の誰かが彼女の恋人になるのだろうと。
守護者は天より授かりし力を使い、塔を造った。
その塔に、恋人を閉じ込めた。
塔の中では時間が止まり、老いることも死ぬこともない。
そうして守護者は、恋人に告げた。
五百年後に僕が生まれ変わるまで、この塔で待っていてほしい。
僕は、君を迎えにいく。
必ず、いくから――』
その後、守護者と恋人がどうなったのか、伝承は残されていない。
だが、不老不死を得たいと願う者、誰かの命を救いたい者、塔の謎を解きたいという探求心溢れる者が、これまでも与命の塔に挑んできた。
ある種族は「どこかに隠し扉があるはずだ」と、塔の外側や、周辺をくまなく探した。
けれど入口を見つけることはできなかった。
ある種族は、塔の一部を破壊することで、中に入ろうとした。
けれどどんな武器や魔法を使おうが、塔の外壁には傷一つつけられなかった。
そんな中。五年前、あるエルフが塔に入ることに成功したのだという。
しかしそのエルフは、頂上に辿り着く前、何らかの失敗をしたらしい。
その日の光景は、オディオも覚えている。
真昼の空が、いつもの青ではなく、夕方の朱や金でもなく、夜の瑠璃色でもなく――銀砂を空一面に零したような、空として見たことのない色に染まったのだ。
銀色の空はやがて元の空色に戻ったが、塔の前では、そのエルフが変わり果てた姿で発見された。
言うなればそれは、結晶化。
魔石とはまた違う、魔力のない鉱石のような、像と化してしまったのだという。
同時に、全エルフ族の身に異変が起きた。
エルフは本来、魔者の次に、魔法を使いこなせる種族。
しかし空が銀に染まったのを境に、エルフ族の魔力はひどく弱体化した。
他の種族達の間では、エルフは
エルフ族は混乱の渦に落ち、その混乱は今もなお続いている。
人々は塔を恐れ、近寄らないようになったが――
オディオに残虐な実験を行っていた「研究者」は、それを機にいっそう探求心をそそられたらしい。
そう。研究者の目的は、塔に入り、頂上に辿り着くことだった。
研究者は、人間を強化し特別な力を身に着けさせることで、塔への扉は開かれると考えていた。また、塔の内部に恐ろしい罠があると予想し、どんなことでも乗り越えられるよう、オディオに剣術を身に着けさせた。
(……なんなんだろうな、塔ってやつは)
塔を踏破するという目的のため残虐な仕打ちを受けてきたオディオにとって、与命の塔は、苦々しい存在でしかない。
ルクスも、事情は違えど、似た感情を抱いていたのかもしれない。
彼女はぎゅっと拳を握りしめ、小さく震えていた。
「……与命の塔について、他の種族に話せることは、何もありません」
彼女は、気丈に振る舞おうとしているのに、どこか泣き出してしまいそうでもあった。
オディオはそれを見て、慌てて弁解する。
「もちろん、それは話す必要ありません。今俺がしたいのは、塔の話じゃなく、取り引きの話です。俺達が採ってくる魔石を買い取ってほしいし……金だけあっても意味がないから、エルフの集落で買い物をさせてほしいんです」
「……先程も言いましたが、身元のわからない別の種族を、勝手に集落に入れるわけにはいかないのです。うちの集落は人間の商人とも取引はあるけど、どの商人も昔から交流のある相手ばかりです。まして、魔者を集落の中に入れるとなれば……必ず反対意見が出ます。
……時間を、いただけますか。仲間達や長と、話し合ってみます」
「もちろん。助かります、ありがとう!」
「お礼を言うのは、まだ早いですよ。あなたの望みを叶えられるとは、かぎらないですから。私は……エルフの中で、発言権があるほうじゃないので」
ルクスは、目を伏せる。
その表情はどこか翳っていて、オディオは、彼女にもいろいろな事情があるのかもしれないと思った。
「でも、無理言ってるって自覚はあるので。話し合いをしてみてもらえるだけでも、嬉しいです」
そうしてオディオ達は、三日後にまた会う約束をした。
オディオはルクスを、エルフの集落の近くまで送った。ルクスは遠慮したが、オディオがそのくらいはさせてほしい、と申し出たのだ。
別れ際、ルクスはオディオに「少し待っていてほしい」と言って集落に戻り、しばらくして戻ってきた。
「……私の一存で、部外者を集落に入れるわけにはいきません。けど、あなたは私の命の恩人です。せめて、これを」
ルクスは、バスケットを差し出した。
中に入っていたのは、いくつかのパンと卵、果実のジャムだ。
「わあ、ありがとうございます」
「お礼を言うのは私のほうです。私に力がなくて、今はこのくらいしかできなくて、ごめんなさい。助けてくれて……本当にありがとう」
オディオはルクスと別れると、バスケットを抱えて、アイファに笑いかける。
「よかったな、アイファ。これで数日は食べるものに困らないぞ」
「みゃーう」
そうしてオディオとアイファはその日、パンに焼いた卵を乗せた夕飯を食べ、翌日からはまた魔石を収集し、夜は洞窟で寄り添って眠り――
二人で一緒に生活していると、瞬く間に、三日間が過ぎた。
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