第5話 エルフの少女

 アイファとともに、気配の方へと歩く。


「んぅ……」


 アイファは翼に怪我をしているので、飛べない。飛べない翼が背にある状態で歩くので、動きもどうしても遅くなってしまう。


「アイファ。ほら、おいで」

「みゃ……みゃう」


 そのため、速く移動したい場合や、アイファが疲れてしまったときは、オディオがアイファを抱きかかえていた。

 そのたびにアイファはもじもじと恥ずかしそうに尻尾を丸めているのだが、オディオは気付いていない。


 アイファを抱えたまま少し走ったところで、オディオの視界に、魔獣の姿が映る。

 全体的な姿は熊に似ているが、大蛇のような長い尻尾が生えている。四本の足で地面を駆け回り、その巨体で周囲の植物を薙ぎ倒しながら、獲物を狙っていた。


 獲物――魔獣の前を、息を切らして必死に走っている少女だ。耳の形からして、エルフだろう。


「アイファ。ちょっとだけここで待っててくれ」

「あい」


 オディオはアイファをその場に下ろすと、魔獣のほうへと駆けてゆく。石を拾って魔獣に投げ、魔獣の注意を自分のほうへと向けると、すぐさま腰に提げていた剣を抜いた。

 魔獣がオディオへと突進してくる。殺意をもって振り上げられた前足、そこから伸びる鋭い爪には、バチバチと稲妻のようなものが迸っている。

 雷の属性を持つ魔獣なのだ。その爪は剣で受け止めただけで感電してしまう恐れがある。

 オディオは地面を踏みしめ助走をつけると、ぐっと膝に力を込めて高く跳躍し――魔獣の頭蓋を砕くように、剣を振り下ろした。


 ガアアアアアアア、と地を揺らすような魔獣の断末魔が響く。ドシン、と音を立てて、魔獣はその場に倒れ、動かなくなった。

 オディオは一息吐きながら、少しだけ残念に思う。この魔獣は、食べられる種族ではない。人間にとっては身体に害がある上に、味も食べられたものではないのだ。食糧にはならない。

 剣を鞘におさめると、オディオはエルフの少女に尋ねた。


「大丈夫でしたか?」

「ええ……ありがとうございます。助かりました」


 ずっと人間の領域で暮らしていたオディオは、エルフを見るのは初めてだった。だが、とても綺麗だ。

 流れるような金髪、長い睫毛に縁どられた紺碧の瞳。通った鼻筋、薄い花びらのような唇。

 年齢は十八歳くらいだろうか、オディオより少し年上だが、あまりの美しさに、思わず目を奪われた。


「オディオ、つよーい」


 アイファが、ぽふっとオディオの背中にくっつく。

 それを見て、エルフの少女が目を見開いた。


「魔者……? あなたも、魔者なの?」


 オディオは顔の火傷を隠すため、常にローブで全身を覆っている。そのため、エルフの少女はオディオの種族を認識することができなかった。


「違います、俺は人間ですよ。顔を隠しているのは……傷があるので、あまり他人に見せたくなくて」


「……どうして、魔者と人間が一緒にいるんです?」


「少し前に出会って、お互い行くところがないから、一緒にいることにしたんです。怖がらなくて大丈夫ですよ、アイファはいい子なので」


 オディオの言葉に、エルフの少女よりもアイファが、ぴこっと耳を立てて反応する。


「アイファ、いい子?」

「ああ。アイファはいい子だ」

「アイファ、いい子!」


 緋色の耳が、嬉しそうにぴこぴこと揺れる。

 それを見て、エルフの少女は毒気を抜かれたようだった。


「俺はオディオ、こっちはアイファ。あなたは?」

「私は、ルクス。エルフです」

「こんなところで何していたんですか?」

「魔石を探していました。そうしたら、魔獣に見つかってしまって……」


 それを聞いてオディオは、チャンスだと思った。


「なら、ちょうどいい。魔石を買ってくれませんか?」

「え? あなた、魔石を持っているんですか?」

「アイファは、魔石を探すのがすごく得意で。もしよかったら、これから定期的に、魔石を買い取ってくれるとありがたいんですが」


 ほら、と言って、オディオは鞄に入れていた魔石をルクスに見せる。


「……!」


 ルクスは、長い睫毛に縁どられた瞳を大きく見開く。

 その魔石の澄んだ美しさから、純度の高い、非常に価値のある魔石だとわかったからだ。


「今後の生活のために、魔石を採取して売ろう、って考えていたんですけど。俺は人間、アイファは魔者。魔者にとって魔石は価値がないし、諸事情あって俺は人間に利益を与えたくない。だから、エルフか獣人に売りたいと思っていたんです。

 問題は、どうやってエルフや獣人の集落に入れてもらうか、どうやって買い取ってもらうか、ってことで。急にエルフや獣人のもとを訪ねても、警戒されて相手にしてもらえないだろうし。こんなふうに出会えるなんて、運がよかったです」


 アイファと出会えたことといい、運が向いてきているのかもしれない。

 もっともオディオの人生は不運なことばかりだったから、この程度ではまだまだ、とてもつり合いはとれないけれど。

 ルクスはじっと、様子を窺うような視線をオディオとアイファに向ける。


「助けてもらったことは、本当に感謝しています。……けど今、エルフは異種族を警戒しているんです。異種族から買い取った魔石を集落に持ち込んだり、まして異種族を集落に迎え入れたりすることは……私の一存では、できなくて」


「……まあ、そうでしょうね。自分で言っておいてなんだけど、今日会ったばかりの異種族を信頼できるはずもないし」


 それはわかるが、オディオとしても、誰かに魔石を買ってもらうこと、その金で食料や日用品を入手することは重要な問題だ。

 魔石自体は既に手に入っているのだから結界などの装置は使えるとはいえ、装置が壊れた場合の買い替えや、食糧・衣類の購入はどうにもならないのだから。

この機会を逃したくない。どうにか交渉できないかと、一歩踏み込む思いで口にした。


「でも、魔石は喉から手が出るほど欲しい。そうでしょう?」

「…………」


 ルクスの肩が、小さくぴくりと動く。


「いやあの、俺はただ、取り引きをしたいだけなんです。別にエルフを馬鹿にしたりとか、足もとを見たいわけじゃなくて――」

「エルフ、魔法弱くなった。だから、魔石必要?」


 オディオが言い訳をしていると、アイファは無垢にストレートなことを言ってしまう。


「……やっぱり皆、今のエルフを見下しているのね」

「だ、だから違いますって。な、アイファ」

「アイファ、ずっと不思議だった。エルフ、塔に一体何した?」


 この世界の「塔」と、五年前にエルフの身に起きたこと。

 それ自体は、魔者であり、幼いアイファですら知っていた。それほど、どの種族にとっても衝撃的な事象だったから。

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