第4話 ふたりの生活

 その日から、オディオとアイファの生活が始まった。

 住処は、一緒にいようと約束をしたときの洞窟だ。今は冬だが、焚火をして簡易結界を張れば寒さは凌げる。

 問題は食料だ。鞄の中に携帯食料は入れていたものの、数はそう多くない。


「この季節じゃ、普通の動物は冬眠してるし……。魔獣を狩って食うか。ああでも、アイファは魔獣ってどう思ってる? 魔者のアイファにとっては、仲間なのか? 俺が魔獣を殺したら、アイファは辛いか」


「……? どうとも思わない。魔獣は魔獣。アイファは魔者。ぜんぜん違う、仲間じゃない。魔者だって、魔獣殺す」


「まあ、そうだよな」


 魔者も魔獣も魔に属するものだが、姿形も違うし、魔獣は言語が通じず、理性もない。人間と猿くらい違うものだろう。


「それに魔者は、魔者だって殺す。強いほうが生き残る、普通」

「そうか……」


 魔者は好戦的で、争いを好む種族だと言われている。

 アイファを見ていると、そうは思えないが……。とはいえ人間だって、他の種族と比べたら真面目で温厚な種族とされているが、もちろんそうではない人間だって多いし、個体によるのだろう。


「じゃあ、魔獣を探してみるか」


 アイファはまだ怪我のため空を飛べないし、オディオは十二歳だ。普通に考えれば、魔獣を狩るなど無謀な話。


 だが、数十分後――


「――せいっ!」


 実際に魔獣と対峙したオディオは、年端もいかない少年とは思えないほど強かった。研究所にいた頃から使っていた剣で、鮮やかに魔獣を斬る。

 オディオは、研究所の実験と訓練によって強化された人間だ。高い身体能力を持ち、そこらの魔獣なら、負けることはない。

 角の生えた猪に似た魔獣が地面に倒れ、アイファは喜びを表すようにピンと耳を立てる。


「よかったな、今日は肉が食えるぞ」

「みゃーう」


 そんなふうにしてオディオとアイファは、魔獣を狩って食べ、近くに見つけた泉の水で喉を潤して、一週間を過ごした。

 順調にいっているようでもあったが、オディオは「いつまでもこのままではいけない」とも感じていた。 


 まず、二人が暖を取るためや、寝ている間に魔獣に襲われないようにするための簡易結界装置の稼働は、無限ではない。

 装置は魔石という、魔力を蓄えた石をエネルギー源としている。

 だが魔石は、永遠に使えるものではない。魔石が秘めている魔力を使い切れば、ただの石コロになってしまう。


 魔獣がたくさんいる森で、しかも寒さが厳しいこの季節に、結界装置が使えなくなったり、壊れたりしてしまえば、途端に生きていくのが難しくなる。

 何より、森で採れるものでしか生きていけないというのは、かなりの制限だ。ごく原始的な生活しかできない。服が汚れても買い換えられない、剣の切れ味が悪くなっても手入れもできない、傷を負っても薬も買えない……。


 この先も二人で生きてゆくためには、どう考えたって、金が必要だった。

 そして、その金を使って買い物できる場所も必要だ。


 そこでオディオが考えたのは、魔石の採取だった。

 魔石は大きな魔法が使われた跡や、魔獣が死んだ地などに発生しやすい。

 もともと魔力を持っている魔者には価値がないが、それ以外の種族の間では、貴重なエネルギーとして活用されているし、売買されている。

 魔力を持たない種族になら、高く売れるはずだ。金さえ得られれば食料や生活用品を買える。


 貴重な魔石を人間に売ってやるのは癪だ。だが、人間に売らずとも、エルフや獣人の集落まで行ってみればいい。エルフは本来魔法を使える種族だが、五年前のとある事件により力が落ちており、魔石の需要が高まっているそうだ。

 魔石の探索などしたことがないが、時間だけはあるので手当たり次第探そうと思っていた。


 しかしこれに関しては、アイファが大活躍してくれた。

 魔者であるアイファは、人間のオディオよりも、魔力を察知する感覚が各段に優れている。アイファが「あっち」と指さした方向に歩いて行けば、魔石を見つけることができた。


「すごい、すごいな、アイファ!」


 興奮するオディオと対照的に、アイファは魔石を手でいじりながら、不思議そうに首を傾げた。


「こんなの、ただの石コロ。どうする?」

「魔者には石コロでも、他の種族には高く売れるんだよ」

「他の種族、変なの」

「他の種族は、魔者ほど上手に魔法を使えないからな。……ていうか、アイファは、魔法使えるんだよな?」

「使える、けど、アイファは弱い。父と母、いつも馬鹿にした」


 それは、この前も言っていた。アイファはもともと弱いのだと。だから親に捨てられたのだと。

 だが、別に魔力目当てでアイファを助けたわけではない。オディオにはそんなの、関係ないことだった。


「でもアイファ、本当にすごいよ。こんなふうに魔石を見つけられるなら、きっと金や食料もなんとかなるだろう」


 オディオがアイファの頭を撫でると、アイファはぱたぱたと尻尾を振った。

 だけど次の瞬間、緋色の耳が、ぴこんっと立つ。


「気配する」

「え?」

「魔獣いる。それと、別の気配も」

「別の気配?」

「生き物の気配。魔者じゃない。でも、ちょっぴりだけ魔力の気配。エルフかも?」

「ふむ……。よし、行ってみるか」

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