第155話 与えること

「奪う者は補償しない。親切への見返りなんて、ふつうは無い」


「そりゃまあ……ないと思いますけど」


「キミの苦しみはソレだ」


「へ?」


「その虚しさに打ち勝て。キミは心のどこかで、ご両親と自分を同一視している。自分自身を、他人から奪い、足蹴にする者なのだと、さげすんでいる」


「…………」


「人に悩みを打ち明けて、苦しみを語れる。それだけのことができるキミなら、きっと、人の苦しみをわかることもできる。堂々としろ。キミは他人に何かを与えてやれる少年だ」


「ひとに、与えて……」


「人から奪いよろこぶ者には、決してできないことだ。上等じゃないか。キミは立派さ」


 お兄さんは席を立った。

 彼の言葉には確信がある。だけど僕は不安だった。

 僕はさぞ難しい顔をしていたことだろう。

 だけどお兄さんはそんな僕に、エールをくれる。


「誰しも奪いたい。だが、それだけが、決して強さにつながる道じゃない」


「あの、僕は……」


「負けるなよ。青少年。俺も家内も、キミの優勝に賭けているんだ」


 家内? 彼は僕が頭上にクエスチョンマークを浮かべるのを笑ってくれて……

 『我が家の奥様は、サーキットのアマデウスさ』と冗談めかせて去っていった。

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