第98話 お葬式をしたんです

「……ぜんぶ、思い出しました」


 扉越しに美琴はそんなふうに言ってくれた。


「私、幼い頃に、本当のお父さんとお母さんに捨てられて、さびしくて、心の中に家族をつくったんです。絶対に裏切らない、自分の家族を」


「そうか」


「でもそれじゃあダメだと思って、一度はお別れをしたんですよ」


 美琴いわく、それがお姉ちゃんのお葬式であるらしい。

 お葬式をして、心に区切りをつけて以来、真央の声はほとんど聞こえなくなったそうだ。

 幼いころの記憶が薄れて、多忙な現実に埋もれていく。

 それは誰にでもある心の成長と、現実への適応作業であるように思われた。

 その旨を僕が伝えると、美琴は彼女には似合わない、声だけのやり方で笑った。


「私、強くなりたかったんです。誰にも負けないくらい。お姉ちゃんに頼らなくてよくなるくらい、本当のお父さんとお母さんなんて、必要もなくなるくらい……」


「おい美琴……」


「でもダメでした。私は結局、勝てなかった。お姉ちゃんに守られて、祭くんに迷惑をかけてしまいました。祭くんはきっと、私を軽蔑しましたよね?」


 軽蔑なんてしていないけれど、今の僕には彼女に伝えるべき言葉があった。

 だから少し考えた後で、僕はこう答える。


「信じてるよ」


「え?」


「僕はまだ、おまえを信じてる」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る