第96話 いないんだよ

 リビングに静寂が落ちた。

 お父さんが口をつぐみ、美琴がきょとんとする。


「一人っ子? 美琴に姉妹はいないってことですか?」


 育ての親、つまりは幼い美琴を引き取ったご両親が言うのだから間違いないだろう。

 しかし、それだと美琴に教えてもらった話と食い違うんだけどな……


 僕は不思議に思って美琴を見た。

 美琴もまた、不思議そうに首をかしげている。


「何を言うんですか? お母さん? だって、おねえちゃんは……」


「もういいだろう。美琴。あんたも、いい加減、現実に向き合う時だ」


 有無を言わせない強い語調で、お母さんが言った。


「いないんだよ」


「へ?」


「最初から、あんたの言うお姉ちゃんなんて、どこにもいない」


 お母さんは、美琴をまっすぐに見つめ続ける。


「美琴、本当の両親に置き去りにされたあんたがひとりでさびしい思いをしていたのは知っている。幼いあんたが、目に見えない誰かと会話しているのを、私もお父さんも、ずっとそばで見て来たよ」


 なるほどな、と僕は思った。

 美琴の意識に眠る魔王の正体が、このとき、ようやくわかった気がした。


「あんたの言うお姉ちゃんは、幼いあんたが自分の心を守るために創った……幻想だよ」

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