第52話 口惜しい

 口惜しい、と美琴は言った。

 その内実が魔法能力者校内選抜大会における準決勝の敗北であることは、明白だ。

 うつろな両目をした美琴が、言葉を繰り返す。


「口惜しい。あんな人形趣味の女に、“私たち”が負けるなんて、許されない」


 美琴には似合わない、他者を侮蔑する強く厳しい言葉だった。

 これが美琴の無意識、深層心理の思いなのだろうか?

 疑問に思って、シンジ先輩にたずねてみると、先輩が「ソレは違う」と答えてくれる。


「うたたね夢心地の言葉だ。自立した本心とは程遠い、幼い気分の言葉だろうさ。いうなれば、動物的な“本能”に由来する発言だな」


「本能?」


「負けず嫌いの負け惜しみだ。誰にでもある身近な感情だ」


 なるほどだ。シンジ先輩のわかりやすい説明で、僕も納得する。

 しかし、それはそれとして、大きな疑問がひとつある。


「でも“私たち”って? 美琴は美琴で、ひとりの人間でしょう?」


「さてな、それは俺にもわからない。本人に聞いてみたらどうだ?」


「え? いいんですか?」


「そのための催眠魔法だ。まつりくん、“声”との対話はキミに任せるよ」


 シンジ先輩のお墨付きを得て、僕は先輩と席を代わる。

 いやあ、面接官みたいだなー、と苦く思いつつ……

 美琴の対面に座って、僕は尋ねる。


「こんにちは、美琴のお師匠さん。“私たち”って? あなたは誰なんだ?」


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