第26話 変わった訪問者
「いやあ、すみません、夜分遅くに」
二十四時間経営のファミリーレストラン。四人がけのボックス席に、僕と飛鳥、向かいには訪ねてきた記者が座っている。
飛鳥が住む家から十数分ほど離れた店に来たのは、単に家の前で会話するのも、家に上げるのも嫌だったからだ。
「いやー、本当にこの度は災難が続きますねぇ。ただ勿論、しっかりと記事にさせていただくので、色々とお話を聞かせて貰えたらと思います」
猫なで声で下手に出ながら、iPadを広げ始める記者。何故、彼が飛鳥の家に訪ねてきたのかというと、なんと僕の取材をさせるためリーダーが教えたとの事だった。
週刊バズーカというのは、日本でも有名なゴシップ誌の一つであり、様々な業界の有名人たちを社会的死に追い詰めてきた雑誌だ。
アイドルとしては、一番関わってはいけない類いの一つ。どういう真意で記事を書く気なのか読めない相手なので、普通ならば取材を断るべきだろう。
しかし、リーダーが寧ろ『話題になるなら』と、勝手に僕を売ったらしい。一応リーダーにも確認したが、「上手くやれよ」だけ返ってきて、慌てて抗議をしたのに未読無視されてしまう。リーダーの配信の通知が来たので、ゲームと配信に夢中なのが想像できる。
「正直、警察が調査中ですし、僕が言えることはありません」
彼に向かって繰り返し伝えるが、彼は「まあまあ、大丈夫な範囲でも教えて貰えたらなぁ~って」と軽く受け流す。
飛鳥は静かに男を睨みながら、コップの水を飲んでいる。
「この『みるく』さんって女性、かなり花枝さんに入れ込んでたんでしょ。私財ほとんど推し活に使ってて、新宿の路上で寝泊まりしてたみたいだし」
「正直、よく来てくれてましたが、そこまでだとは知りませんでした」
「またまた~本当は、男と女だし、入れ込むような関係あったんじゃないの? 同じメンバーの人達は
「僕は、してません」
喉まで出かけた「一緒にしないでください」は、必死に飲み込む。これを言ったら、もうグループとして崩壊しているのを認めるようなものだ。正直、『みるく』がどういう生活を過ごしていたのかは、警察の人からも事情聴取時に多少の説明された。勿論、僕は他のメンバーとは違い、ファンの人達にお金を使うよう促していない。
チェキ券や握手券もちりも積もれば山となる金額だ。ファンたちを幸せにするためのアイドルなのに、僕が原因で人生が崩れたら本末転倒である。だから、頑張りすぎているファンには、「自分の生活を一番大切に」と、ずっと伝えてきた。
けれど、ファン一人一人の限度は、あくまでもアイドルで他人である僕はわからない。人知れず越えてきてしまっていたら、僕が気付くのは不可能だ。
「メンバーの一人はファンの女性の家を転々とし過ぎて、監禁されたとか今噂されてるじゃない」
「あくまで噂ですから」
実はまだ、彼の消息は不明だ。
彼の家族にも確認しているが、まるでふっと息を吹きかけた煙のように消えてしまった。
リーダーやスタッフたちが、今必死に連絡を取ろうと試みている最中だ。僕も番組のツテを使い、僕なりに色々探し回っている。
「そうかあ、じゃあ、本当にストーカーで家に乗り込んできたと。そして、花枝さん家のベランダから落ちたようなんだけど。でも、家、5階だっけ。よじ登れるとは思わないし、普通に考えるなら一度家に上げなきゃ、ムリだよね?」
「回答は控えます。警察の方に迷惑をかけてしまうので」
「俺は家になんらかの理由で入れた彼女が、飛んだか、飛ばされたか、ってのが自然じゃないかなあ」
ああ、この人は僕が犯人だと言いたいのか。
ニヤニヤと話す男に、思わず怒りがこみ上げる。カッと血が上った勢いで、抗議しようと口を開きかけた僕。しかし、その一瞬を見抜いた飛鳥に口を押さえられた。
「憶測で貶すのが、逆上させる手口ですか。
んぐっと藻掻く僕の横で、淡々と記者に反論する。記者の顔から、一瞬だけニヤニヤが消え去った。どうやら指摘が図星だったのだろう。
「飛鳥さんは、梨雨さんと『本当は付き合ってるんじゃないか』と言われるほど、仲良しみたいですしね。大好きな人ほど、庇いたくなるのもわかりますよ」
「ええ、特に三流な妄想記事を書きそうな人からは、
二人の視線はばちりと火花を散らす。
僕は飛鳥の言葉に嬉しさと、感動と、他の複数の感情がぐわりと胸から溢れ出す。
その後も記者は僕から情報を引き出そうとするが、僕も飛鳥もまともな答えを返さなかった。最終的に記者も仕切り直そうと思ったのか、早々にお開きになった。
予想よりは早めのギブアップであったが、僕たちの真ん中に置かれた一品の食事。
申し訳程度に頼んだフライドポテトは、冷め切って美味しくない。
いやな訪問者だった。
僕たちはフライドポテトを食べる。レジに向かうと流石に記者も悪いと思ったのか、フライドポテト代は支払われていた。
レストランから出て、暗くなった夜道を歩く。ちらりと見上げると、分厚そうな雲が空を覆っていた。
大事な友人、か。飛鳥が僕をかばったシーンを心の中で繰り返す。あの時、わずかに感じたジリリとした胸の痛みを、僕は気づかなかったことにした。
お店を出て、寄り道せず飛鳥の家へと帰る。
とことこと歩き、部屋に入り、通り道の電気をつける。
飛鳥は先に風呂に行くようで、僕は飲み物を取ろうとキッチンに置かれた冷蔵庫へ。
何か飲み物を買っていただろうか、ぼうっと考えながら冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫には僕が購入し入れておいた2リットルのスポーツドリンク。僕はペットボトル容器の蓋部分を掴み、よいしょと取り出した。
ずしりと重さが、飛鳥がどうやら飲んだらしく、少し容量が少ない。
珍しいなと見つつ、冷蔵庫を閉めかけた時、ペットボトルの置かれた場所に、何か長細い紙が落ちていることに気付いた。
レシート?
しかし、レシートにしては紙が厚いような。
不思議に思った僕は冷蔵庫の扉を開き直し、紙に手を伸ばした。
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