第25話 考えは変わる


 イベントが出来るお店か。思えば、僕が前に働いていたアルバイト先の系列に、トークショーや弾き語りライブが開催できるお店もある。その店でなくとも、似たようなお店のイベントに参加した経験もある。イベント会場を借りるよりも、ハードルはかなり下がる。

 けれど、踏み切るには解決すべき問題が一つ。


「三人でダンス、できるかな」

 大抵のそういうお店は一人や二人での弾き語りを想定しているので、基本ステージが狭く、たとえ三人でも踊るのは難しい。勿論ステージが広くても、床材がダンスに適していない場合。予約するにも事前確認が必要になってくる。この短い期間で出来るのかと僕は思わず唸った。

 けれど、飛鳥は僕の心配をばっさりと一刀両断した。


「梨雨の誕生日イベントって、そもそもダンスっていうダンスしないし、いつもカバーソングショーじゃん」


 鋭い指摘にぐさりと来る。誕生日イベントは、誕生日のメンバーがそれぞれコンセプトや特別ステージを用意する。

 リーダーは毎年違う特別ソロステージ、他のメンバーはお客さんとのトークコミュニケーションタイム。

 そして、僕はソロで有名曲のカバーをすることが多い。今年も例に漏れず、カバーショー状態だ。たしかに、ダンスするスペース削ったところでだろう。三人でのステージも振り付け無しの曲を選ぶ。ダンスがなくとも、もう少しふれあいの時間を増やせばいいのかもしれない。


「ちょっと、リーダーに聞いてみる」


 すぐに今の案をリーダーにメッセージを送る。送信成功しのを確認し、ようやくスマートフォンから鍋へと視線を向ける。


 ぐつぐつからごとごとという音に変わり、鍋の間から吹きこぼれかけていた。やばい、そう思った時、溢れた汁が鍋を伝い、火へと流れ込む。シュアッという音、僕は急いで火を緩めた。


 とり味噌鍋を二人でつつく。白滝にも、油揚げにもよく合っていて美味しい。お互い好きなものと、肉を静かに取りあいつつ、野菜も口に運ぶ。

 一口食べた後にあまりにも優しいお味に、鍋ってなにか具材を漬けるタレが必要なこと思い出した。買ってはいないため、間に合わせで、醤油とリンゴ酢を混ぜたタレを作った。試しに木綿豆腐を浸せば、豆腐に染みたとり味噌つゆと相まって、幸せの味だ。


 箸で掴んだ長ネギはとろとろに、薄切りにした人参は甘く煮え、ざくざくと切った白菜もじゅわり。

 エノキも椎茸も、噛めば噛むほど味が染み出る。ただそれよりも、肉だ。鶏肉だ。骨付き、皮付き、大ぶり、小ぶり。胸肉のパサつきはたまに気になるが、齧りつけば全て優勝だ。


 レンチンご飯と、鍋のつゆ。育ち盛りとしては、もうひたすら胃に入れていく。飛鳥も箍が外れたように胃に詰めていく。正直、カロリー管理している事を疑いたくなるほどだった。


 あっ、と言う間に鍋がなくなり、腹八分目程は貯まった。


「「ごちそうさま!」」

 二人で食後の挨拶をし、落ち着く間もなく片付ける。カセットコンロの処理は勿論僕だが、食材費等を出してもらっている分、皿洗いも僕がやるという話でまとまっている。


 ガスボンベを外し、軽くコンロの汚れを取り、少し冷めてから箱に戻した。キッチンの棚の中に入れろと指示があったので、さっさと収納しにいく。


 キッチンに入り、シンク下の棚にカセットコンロをしまう。そして、シンクを見ると、先程飛鳥と共に運んだ鍋や皿は、食器カゴに綺麗に片付けられていた。土鍋もキッチンの五徳の上に載せられている。


 飛鳥が洗ってくれたのだろうか。


「飛鳥、洗ってくれたの?」

 飛鳥がいるだろう寝室に向かって声を掛けると、「洗ってねぇよ」と短く返ってきた。どうやら、優しい行為も隠したいらしい。飛鳥の気遣いだろうか。僕はこれ以上追求せず、「ありがとう」とだけ声を返しておく。


 飛鳥との平和な日々が二日ほど続いたが、三日目の夜だった。

 ピンポンと昼間にチャイムが鳴り、僕がインターホンカメラを確認する。そこには、一人の四十歳くらいの男が立っていた。


『すみません、週刊バズーカの……』

 腰低そうに頭を下げつつ名乗ったのは、週刊ゴシップ誌の記者だった。

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