第24話 方法を考える


 僕が驚いたのは、会場内で見つかった男の足についてではない。

 現在メンバーの一人の消息がわからないが、ニュースのアナウンサー曰く足は腐敗しているそうで、昨日アイドルとして仕事をしていた人が該当するとは思えない。


 それよりも、問題なのは発見された事件現場のライブハウス。このライブハウスは、僕がアイドルとしてアイドルデビューした思い出の地であり、あと一週間ちょいで僕の誕生日イベントを開催する会場だ。

 既に会場には警察が介入しており、もしかしたら、イベントに支障が出る可能性がある。

 ああ、次から次へと、どうして、運が悪い。


「おい! 今、横浜のライブ会場って」

 バタバタと足音を慣らしながら、飛鳥が僕の後ろにやってきた。飛鳥の耳にも、アナウンサーの声が届いたのだろう。


「リーダーに連絡したいほうがいいよね」

「ああ、って、お前のスマホ、テーブルじゃん」

「あ、ほんとだ」

 飛鳥に指さされた方を見て、僕は先程スマホをテーブルに置いていた事に気付く。


「じゃあ、その前に床を綺麗にしないと」

「床、たしかに、なんだこの黒いの。ほい、なんか拭くやつ」


 渡されたのは、お掃除用ワイパーのシートが入った袋。雑巾やタオルではなく、これを選ぶところが、飛鳥だなと感心してしまった。


 僕は、一枚取り出して、床の汚れを拭き取る。足裏の皮は黒く染まってしまったが、床は意外とシミにはなっておらず、思ったよりも簡単に取れた。床の汚れをとり、僕はテーブルに置き忘れていたスマートフォンを手に取る。速報ニュースは終わりを迎え、次の番組である音楽バラエティのコマーシャルが流れていた。


 スマートフォンを見ると、既にリーダーからの連絡が来ていた。どうやら今確認の連絡をしているようだ。

 SNSにも、ファンに向けて、会場への確認中というお知らせも投稿済みらしい。

 実際に僕も読んだ上で、引用リポストする。

 イベント一つ中止だけでも、自転車操業状態のアイドルグループとしては、かなりの大打撃だ。開催出来ない場合、チケット代の返金となってしまう。また、資金源である特典会も実施できないため、負債が発生してしまう。開催ギリギリで似たようなキャパの会場が、見つかるのかもわからない。

 頭のなかで弾くそろばんが、どんどんとマイナスの方へと転がっていく。どんどんと頭から血の気が引き、身体がふるふると震え始めた。


『こんな時にもあいつから連絡がねぇな、首切るぞ』

 未だに既読数は1のまま。僕はすっと目を逸らし、また何かあったら連絡してくださいとだけを残し、スマートフォンを閉じる。色々頭の中に駆け抜けるが、僕の脳の許容量を簡単に超えた。


 僕の頭はぷつんという音ともに、飛鳥の方へとスッと顔を向けた。


「とりあえず、ご飯食べたい」

 急に視線がぶつかった飛鳥は、いきなりの切り替えに驚いたのか、びくりと肩を跳ねさせた。


「そ、そうだな、飯食って、少し落ち着こうか」

 飛鳥はそう言うと、床に置かれたカセットコンロを持ち上げて、テーブルまで持ってくる。

 僕も一緒に箱を開けて、カセットコンロをテーブルに設置する。そして、付属品のガスボンベをカチャリと中にセットした。


「へぇ、上手だな」

「前のアルバイトで、セッティングしてたから」

「居酒屋か……」


 少し前まで居酒屋のキッチンで、アルバイトしていた。アイドルをしているため、やはりホールに立つのは気が引けたのだ。

 店長的には、僕の容姿や知名度もあり、ホールになって欲しかったようだが。といっても、あの事件が起きる少し前に、店が閉店してしまったけれど。

 ガスコンロの着火確認ができたら、カセットコンロの五徳に蓋で閉じた鍋をのせる。


 カチッカチチチッ

 つまみを捻り、着火する。広がる火を見ながら、思えば火が通るまで食べられないのではと、今更気付いた。


 テーブルに置かれた椅子に座った僕に、飛鳥はリモコンを手に取ると、地上波放送から映画のサブスクリプション画面へと変更する。


 そして、流れるように有名洋画を選んだ。有名なミュージカルを題材にしており、一人の犯罪者だった男が激動のヨーロッパを駆け抜け、一人の少女に出会うお話だ。

 美しい歌と映像の凄まじさは、鳥肌が立ったのをよく覚えている。


「あ、これ、懐かしい」

「飯食うには、これくらい軽いやつのがいいだろ」

「軽くないよ、これ」

 飛鳥はいつもB級ホラーやスプラッターを見ているせいか、映画の感想についてだけは、僕と噛み合うことはほとんどない。どう考えても軽くは無いと思う。寧ろ、何をもって軽いと判定したのか。

 壮大な映画を眺めながら、ぐつぐつと煮える鍋の音を聴く。

 湯気と共に広がる味噌と鶏だしの香りと、映画が正直マッチしていない。


「飛鳥……なんかミスマッチじゃない?」

「やっぱ、そうだよな」

 どうやら同じことを思っていたようで、洋画を止めると、今度は別の映画に変更する。次に選んだのは、日本で有名な釣り映画。サラリーマンの男と、社長のおじさんが魚釣りばかりしているコメディ映画だ。


 鍋の具材に魚はないが、これは流し見るにはちょうど良い内容だ。


 ドタバタコメディをゆるく眺めていると、少しずつ思考が落ち着いてきたのに気付いた。冷静に会話が出来そうだと思ったので、僕は飛鳥に相談を持ちかけた。


「飛鳥、ライブどうしよ」

「会場変更じゃねぇかなあ。二週間ってのが微妙だよな」

「どっか、空いてるかなあ」


「キャパに合わせて、なんかイベントできるお店、借りれば良くない?」

 飛鳥の発案に僕は、目を輝かせた。

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