第23話 幸せのあり方


 かつて、肩を並べた友達たちが、テレビの世界で輝いている。

 ジャンプして壁に張り付いたり、暴れるロデオにしがみついてクイズに答えたり。

 かなり体当たりな番組だが、楽しそうに挑戦している姿は、僕の目には酷く眩しく映った。


 もしかしたら、僕と飛鳥がいたかもしれない。僕たちだったら、どうしていただろ。今出題されたクイズは回答できたかな。飛鳥はこのスポーティーなジャージの衣装が似合っただろうな。僕は似合わないだろうなあ。

 たらればの話が、頭から垂れ流れる。

 飛鳥と、こうやってアイドルの仕事をしたい。

 何度も何度も頭に浮かばせ、叶わない夢を追う。どのシーンも、僕たち二人の姿がありありと想像できるのに、本当に遠い道なのだ。


「おーい、梨雨。野菜切るの手伝え」

「ごめん、今行く」

 キッチンの方から飛鳥の声が聞こえた。僕は、ハッと意識を戻す。飛鳥が僕を呼んでいる。リモコンでテレビの電源を落とすと、すぐに飛鳥の元へと向かった。


 キッチンでは、飛鳥が新品の白いプラスチックのまな板と、貰い物らしい包丁の梱包を剥いでいた。

 思えば、この家に来て、初めてまともに料理するらしい。

 いつも何を食べていたのかを聞いたところ、宅食弁当か、冷凍のブロッコリーと鶏胸肉を茹でいたようだ。


「で、野菜ってどう切るんだ?」

「待って、手を洗うから」


 帰宅時にも手指を洗ったが、食材を触るのでもう一度手を洗う。なんだか少し流れる水がうっすらと汚れているが、もしかしたら何か触れたのかもしれないと、その時は気にも止めなかった。



「こうかな」

 一時期居酒屋のキッチンでバイトしていた僕が、率先して切っていく。鍋の仕込みも一応は担当していたので、ある程度の切り方は知っていた。


 具材を鍋の中に入れてしまえば、後は火に掛けるだけ。


 真新しい土鍋を軽く洗い、なるべく彩りよく具材を並べる。飛鳥はやはり美的センスが良いみたいで、見様見真似ながらも最大限綺麗に見えるように整えてくれた。


 僕はカセットコンロが入った箱を持って、先にテーブルの上にセッティングするため、リビングへと戻った。


「え?」


 足の裏に広がる、ぬるりとした感触。急いで視線を落とすと、なにか黒い水たまりが出来ていた。

 コーヒーというには匂いがないし、飛鳥が墨汁を使うとは思えない。

 足を持ち上げると、ねっとりと糸を引いている。


「な、なにこれ」

 よく見ると黒い液体は、まるで誰かが動いた形跡のように、ぽたりぽたりとリビングの奥へと続いた。視線は自然と跡を辿ってしまう。辿り着いた先は、テレビのリモコン、僕はテレビへと視線を向けるが、そこにはかつての仲間たちがバラエティのゲームで負けて悔しがっている姿が映っていた。


 何かはわからないけれど、汚れているなら拭かなくては。しかし、この足でタオルや雑巾を探しに動き回ったら、どんどんと他も汚してしまいそうだ。


「飛鳥、なんか床が汚れているから、雑巾ほしいかも!」

「汚れている? 取ってくるから、ちょっと待ってろ」

 キッチンにいる飛鳥にお願いし、僕は身体を折り曲げ、一度床にカセットコンロの箱を置く。

 必然的に近くなる艶やかな黒いドロドロ、鑑のように僕の姿が映り込んだ。

 特に代わり映えのない自分。


 その時、何故か思い出したのだ。

 この部屋を出る際、リモコンでテレビの電源を落としたことを。


 ハッと、顔を上げる。テレビの画面は番組が終わった後のCMタイム。

 有名な風邪薬のCMが終わりを迎え、次に放送されたのはニュース速報だった。


『速報です。本日午後五時頃、横浜のライブ会場にて、男性のものらしき右足が発見されました。発見時は、大変腐敗しており……』


 呼吸が止まった。

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