第22話 気づく幸せ
「ち、チゲ鍋?」
「辛いの得意だっけ?」
「そんなに……」
「じゃあ、違うのにしよう」
季節柄なのか、入り口付近に鍋つゆのパウチパックがずらりと置かれていた。馴染みのある寄せ鍋や水炊きから、変わり種の牡蠣出汁醤油、ネギ味噌、トムカーガイ、レモン鍋など。
「とむかーがい、って食べたことある?」
「俺、タイ料理、得意じゃね
うへぇと言いたげな顔の飛鳥に、これはタイ料理なのかと初めて知った。よく見ると、確かにタイという文字も書かれていた。
カレーや、トマト、チゲ、参鶏湯に、火鍋。
鍋と行っても色々あるのかと眺めていると、『鶏だし味噌鍋つゆ』というのが目に入ってきた。
鶏肉に緑黄色野菜のイラスト、少しレトロな家族イラストが描かれているのが可愛い。僕が釘付けになったのがわかったのか、飛鳥がさっと鍋つゆの袋を手に取った。
「これにするか」
「いいの?」
「一応、店員セレクトで、ポップも熱量あるしな」
飛鳥が顎で指した先、商品の値札部分を見ると、店員セレクトのポップが貼られていた。『味わい深いけどホッと落ち着く、おうち鍋の最高峰』と丸々とした文字。かなり気持ちが込められたポップには、しっかりとした作成者の熱量を感じる。
この熱量だけで、美味しいのだろうなと勝手に思ってしまう。
「これがいいね」
今日の鍋で一番肝心なものを無事に決められた。あとはパッケージのイラストに描かれた具材を次々と買い込む。豆腐や葱、人参、きのこ、鶏肉。
更にお互い好きな物をと、僕は油揚げ、飛鳥が白滝を追加した。
具沢山だなあとホクホクと買い物かごの中身を見ていると、ふと遠くに立つ妙齢の夫婦と、お婆さんと目が合った。
僕がお辞儀をすると、お婆さんがよろよろと僕たちに近寄ってきた。
「り、梨雨くんと、飛鳥くんですかぁ」
隣にいた飛鳥は急に声をかけられびっくりしたのか、慌ててこちらを向く。
本当に目をキラキラと輝かせたお婆ちゃん。また、ご夫婦も、後を追うように僕たちの方へと駆け寄ってきた。
「すみません、実はうちのおばあちゃん、スナジェのファンで。特に、お二方の事、大好きなんですよ」
夫婦の奥さんの説明に、僕たちは思わず嬉しくて声をあげる。
「そうなんですか、ありがとうございます。お名前は何ですか?」
「小野ツルです。まあ、ほんと、王子様みたいねえ」
「いえいえ、良ければ握手させてください」
嬉しくなった僕が手を差し出すと、お婆さんはびっくりした様子で僕を見上げる。そして、恐る恐る手を出してくれたので、僕からそっと握った。年の割には艶やかな手に、刻み込まれた皺が彼女の人生を感じさせる。
「飛鳥のファンでもあるよ」
「なるほど、婆さん、いいセンスじゃないですか。ありがとうございます」
僕の次に飛鳥もお婆さんと握手をする。目を大きく見開き、目尻には涙が薄らと溜まっていた。
「あすりうを、まさか生で見れるなんて、神様も見てくれてるもんだねぇ」
お婆さんは握手した手をぐーぱーぐーぱーした後、涙を指で少し拭う。
「実は、二人が頑張ってる姿を見て、母さんも嫌がってた腰の手術を乗り越えたんですよ。俺達からも、ありがとうって言わせてください」
「だって、あすりうを見るためには、長生きをしないとおもってねぇ」
「「えっ」」
息子さんだろう夫婦の旦那さんが、僕たちに頭を下げる。まさか自分たちの頑張りが、誰かの励ましになっていたなんて。
「寧ろ、応援してくださり、ありがとうございます」
「ご無事で良かったです。ありがとうございます」
僕たちは深々とお辞儀する。スーパーの一角でこんな出会いがあるなんて、正直びっくりだった。
その後、おばあさんとは別れた。
「あすりう最高!」
と、お婆さんの元気な最後の言葉に僕は思わず笑ってしまった。
飛鳥も嬉しかったらしく、「ああいう時、番組出てて良かったなって思う」としみじみと話していた。
幸せだなあと噛みしめながら、スーパーから徒歩数分の飛鳥の家に帰る。
部屋に入り、僕は何気なしにダイニングのテレビをつけた。夕方のニュース番組が放送されていた。
速報ニュースは、動物園にヤギの赤ちゃんが生まれたや、政治問題、芸能スキャンダルと様々。その中で、東京の新宿で女性の身元不明の変死体が見つかったとのこと。話を聞くに、有名な公園の近く。場所的には治安がよろしくない辺りで、通勤中のサラリーマンが見つけたそうだ。
女性の変死体、単語だけで「みるく」の姿を思い出してしまう。
『ずっと、いっしょだよ』
身体が硬直する。あの時、落ちる瞬間の彼女の姿。今思い出しても、不可解なことばかりだった。
警察の方から連絡がないのが恐ろしい。まだ、解決していないのだろうか。それに、アカウントが更新されたことも。
気分が悪くなってきた。
僕はテレビのチャンネルを変える。今売り出し中の芸人たちやゲストが、身体を張って色々なミッションやクイズに挑戦するバラエティ番組。
ゲストは、僕たちが最後の最後、入れなかった番組からデビューしたグループだった。
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