第21話 違和感に気づいても


『女の家に転がり込んで、貢がれるか、携帯いじるかしかしてねぇのに。昨日から既読すらつかねぇんだよな』


 リーダーの言葉に、僕はハッと先程のグループメッセージを確認する。

 グループメッセージには、既読がついたかどうかだけではなく、送信者以外にメッセージを読んだ人数が表示される。


 たしかに、昨日までのメッセージには『既読2』だが、今日のメッセージには『既読1』。勿論、僕とリーダーしかメッセージのやりとりがない。


『返信の早さ以外に、いいとこねぇのによ』 


 リーダーの言葉は刺刺しいが、確かに彼はすぐに返信してくれる。連絡がこまめだから、ファンの女性たちとも上手くやっていけたのかなとふと思った。

 彼がファンの家を転々し始めた頃、ご飯を食べに行った飛鳥に話したら、「あいつは、酒が飲めたら、ホストのが向いてただろうな」と笑っていた。そういえば、飛鳥と彼は物凄く仲が悪かった。


 ただ、それよりも脳内に浮かぶのは、あの時の夢の……


 ゴキッ。


 手に再度感じる固いモノが折れる感覚。全身がぞわりと粟立ち、鳥肌が浮き出る。頭に浮かぶのは、目から光が無くなり、黒いどろどろと同化していく姿。


『多分、体調でも悪いのでは?』

 震える指を動かして、自分にも言い聞かせるように文字を打ち出す。


『寝てるだけのアイツが? 変な病気でもうつされたか。まあいいや、次のイベント、来週末だからな。それまでには、復帰しろよ』

 リーダーからの返信はあっさりとしているのが、僕には有り難かった。どんな病気を貰ったのかは僕にはわからないが、連絡を見られない事情は色々あるはずだ。


 僕はスマートフォンを閉じる。夢は所詮夢、どんだけリアリティを感じたとて、あんな非現実的な事が起きるわけがない。

 動悸が酷く乱れる。ひゅうっ、と呼吸音が喉を鳴らした。


「大丈夫か」

 飛鳥の声に、僕はゆっくりと振り向く。不安からか身を寄せるが、シートベルトによってぐいっと元の位置に戻された。僕の奇々怪々な動きに、余計に心配そうに眉尻を下げた。


「お、おい、どうした?」

「飛鳥、実は……」

 僕はいても立ってもいられず、思うがままに昨日の夢と、メンバーが連絡取れていないというのを伝えた。正直、気持ちに流されるような、ぐちゃぐちゃな説明だったため、飛鳥も困惑した様子を見せる。


「あいつ、成人してんじゃん。確かに、気色悪い夢だけどさ。二十歳過ぎの男が一日連絡ないだけで、心配しすぎだろ」

「で、でも」


 ガッと片肩を掴まれた。骨張った飛鳥の指が、肩の骨と肉の間にぐっと食い込む。


「梨雨が気に病んでも仕方ないだろ。いいか、夢は所詮、夢だ。変に引っ張られんな」


 まさに、鋭い一喝だった。

 混乱していた僕も、頭の中がぱあっと晴れて、少しずつ落ち着いていく。

 飛鳥の言うとおりだ。


「ありがとう、飛鳥」

「梨雨、この前のあれ・・でメンタルキてると思うけどさ。うだうだぐずぐず悩むくらいなら、俺に吐き出せ」


 僕は小さく何度も頷く。そうだ、僕が一人でうんうんと頭を悩ませても、どうにもならないのだ。


 食い込む指から力が抜け、僕の肩からゆっくりと離れていく。僕はその手を、縋るように自分の手で絡め取った。


「怖いよ」

 泣き出しそうな顔を浮かべ、飛鳥を見る。手を捕らえられた飛鳥は、目を一瞬大きく見開いた。


「甘えただなあ、ほんと」

「飛鳥だから、だよ」

「こんなの聞かれたら、ファンから怒られそうだな、俺」


 茶化しながらも、僕に手を握らしたままにする飛鳥。僕だって、飛鳥のファンから怒られそうだと思う。現にあの幼馴染みの彼女がこの光景を見たら、確実に発狂するだろう。

 でも、やっぱり。


「僕には、飛鳥が必要だよ」


 言葉に出して伝える。飛鳥が、返答することは無い。静かに僕の手を握り、そのまま目を逸らした。

 そうされたら・・・・・・、僕はもう何も言えない。


 無言のタクシー車内を過ごした後、スーパーに辿り着いた。運転手さんが終始気まずい雰囲気を感じたのか、不安そうに僕たちを伺っていたのが、大変申し訳ない。スーパーの入り口には、旬の野菜や特売品が山積みされていた。


「何鍋にする?」

 置かれていた買い物カゴを一つ取りながら、口を開いた飛鳥。

 僕はいきなりのことで、一瞬反応が遅れた。

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