第20話 見える違い
「起こしちゃった?」
飛鳥にチョップされた脳天をさする。痛みはない優しい一撃。
「そりゃもうな」
どこか気怠げで不満げな飛鳥の声に、僕は今更申し訳ない気持ちになる。
思えば、飛鳥はそんなに寝付きがいい方ではない。僕と同じ部屋だった時は知らなかったが、飛鳥とミッションでチームが分かれた際、一時的に僕の部屋へと逃げてきたことがあった。
どうやら周りとの睡眠時の呼吸リズムがズレていると、眠りづらいらしい。
ちなみに僕のリズムは規則正しいらしく、心地よいとのこと。僕はよくわからないけれども。
「ごめん、一人でいると、怖くて」
正直に今の不安な気持ちを伝えると、飛鳥は小さくため息を吐く。
「お前は赤ちゃんか?」
「……かもしれない」
飛鳥の馬鹿にしたような口ぶり。思えば、僕が練習の時に泣き言を言うと、いつも「赤ちゃんか」と煽られていたことを思い出す。いつもならムキになるところだが、正直否定できなかった。
「仕方ねぇな。特別に、一緒に寝てもいいぞ」
「いいの」
「横でうじうじされているほうが、寝づらいわ」
飛鳥がずいずいとスペースを空ける。僕は、ベッドの上に上がる。高品質なマットレスなのか、スプリングがぼよんぼよんと僕の身体を跳ねさせる。といっても、バネの金属感は感じられず、ふわふわとしたクッションが心地よい。掛け布団も薄そうに見えたが、実際に掛けてみると結構暖かった。
「枕はねえからな」
たしかに布団の上には飛鳥分の枕しかないため、飛鳥の方へと横向きになった僕は自分の腕を曲げて頭を乗せる。明日は首が痛くなっているだろう。
「大丈夫」
「まあ、あんなことが続いてるしな」
飛鳥は仰向けだったのを横向きへと寝返る。先ほどよりも近い距離で見つめ合う僕たち。眠そうにしているが、僕とは違い、やはり余裕が感じられる。夜の暗闇、何も見えなくてもおかしくないのに、飛鳥はよく見える。鷲のようと言われる彼の力強い眼光、さらりと重力任せに流れる前髪、何かに気づくたびに鼓動が不自然に速度を上げる。
手を伸ばせば、彼に簡単に触れられる距離だ。どくどくと僕の身体の血が、身体を巡る。
「落ち着くまでは一緒に寝るか」
全身が心臓になったように、どくんどくんと。布団を剥ぎ取りたくなるくらいに、身体が熱い。
「いいの?」
「早く独り立ちしろよ、赤ちゃん」
僕の頭をがっと掴み、乱雑にわしゃわしゃと頭を撫でた。
「……ありがとう」
小さく呟くと、飛鳥は満足げににやりとした後、くるりと僕のほうへ背中を向けた。
「明日も俺は仕事だから寝る。梨雨も早く寝ろよ」
たしかにもう遅い時間だ。僕もゆっくりと目を瞑る。隣に誰かがいるだけで、こんなにも心強いなんて。
ずっと、いっしょにいれたらいいのに。
僕は心底思いながら、気づけば眠りについていた。
夢は自然と見なかった。あの悪夢は僕の不安から生まれていたのかもしれない。
なんと飛鳥に抱きついて寝ていたらしく、朝たたき起こされた僕。正直、もう少し優しく起こしてほしいと抗議したが、優しくしても起きなかっただろうと、逆に怒られてしまった。
朝ご飯を二人で食べた後、飛鳥はリモートでレッスン。
僕は一旦昨日のメンバーたちの配信を確認する。
『プリンス☆トリガーのパジャマ配信』
視聴者は少ない中、アイドルとして頑張っている二人に、僕は申し訳ない気持ちだ。
メンバーだけのメッセージグループに、「配信見ました。とても面白かったです。ご迷惑をおかけいたしました」と送ると、リーダーからすぐに「本当にな」と返ってきた。珍しく早起きだなと思ったが、SNSを確認すると徹夜でゲーム泥酔配信をしているらしい。
今も呑んでいる最中のようだった。今日も相当暴言を吐いたようで、切り抜きが出回っていた。
僕がリーダーに対して呆れかえる頃には、飛鳥も午前中の仕事を終えたらしい。
「午後はダンスのワークショップだから、お前も来いよ」
飛鳥の提案に僕は頷く。
参加したワークショップには、僕たちよりも少し年下の子たちがおり、何人かは僕のこと知っていた。
「梨雨くん、体調大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ただ、今日は見学させて貰います」
声を掛けてきた女子高生くらいの子。彼女は僕の返答にほっとした表情を浮かべ、「じゃあ、私たち頑張るんで見ててください」とニコッと笑い、立ち位置に行く。
「今日は徹底的に基礎の動きをやる、しっかり学んで応用していってくれ」
このクラスは、ダンスの基礎を極めるというもの。確かに基本的な動きだが、飛鳥の言う意識の仕方や、動きの繋ぎ方など、シンプルだからこそ差異がはっきり浮き彫りになる。
ダンス初心者の僕ですら、一瞬でわかるのだ。
そして、やはり、飛鳥のダンスは凄かった。
基礎の単純な動きだが、彼が作り出す身体の線や、動きの軌道、あらゆるラインが美しいのだ。
綺麗だと、「ほう」と感嘆の声が漏れた。
ワークショップも終わりを迎える。最後数人ごとのグループに分かれて、動きの動画を撮る。僕は撮影のお手伝いをしたのだが、カメラ越しにも生徒たちの上達を感じられた。
飛鳥と共にタクシーに乗り、自宅に付近のスーパーに寄ろうという話になった。
今日は鍋らしい。
昨日とは違い、他愛ない会話を続けるが、どうしても会話が途切れる。
僕はスマートフォンを開くと、メッセージアプリに通知があった。
確認すると、リーダーからの連絡だった。
『梨雨の誕生祭、そろそろセトリを決めよう』
確かに僕の誕生日ライブ開催は二週間後。いつも同じ曲で衣装とはいえ、スタッフたちの準備のためにも、曲のセットリストを考えないといけない。まだ、誰も返信していなかったので、僕はさらさらと順番と、ソロカバーする有名なバラードソング名を書いて送った。
『わかった』
リーダーからの返信を見て、僕はスマートフォンを閉じようとしたら、リーダーから個人的な連絡が来た。
僕はその内容を読み、呼吸が止まった。
今朝から、もう一人のメンバーと連絡がとれていない、とのことだった。
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