第19話 外側から見る

 

 音がする方へと振り返る。

 暗くどんよりとした空間の中に、パソコンが一台光っていた。パソコンの光でほんの少しだけ、置かれている場所が照らされていた。

 随分とボロくなった畳、ところどころ黒く腐食していた。

 それ以外は、マンションで気を失った日に見た夢によく似ていた。

 モニターには挑戦者たちがずらりと映し出されている。彼らは皆、挑戦者の正装として用意されている白い騎士服を着ている。

 司会の女性が、誰かの名前を呼んだ。第五位というテロップ、僕が何度も何度も視聴した映像の一つ。

 

 大きく画面に映るのは、ストロベリーブロンド色に染めた僕だ。

 髪色を変えると、順位が高くなるというジンクスを信じて、元々の黒髪からイメージチェンジしたのだ。

 友人たちからの激励を受けながら、前へと躍り出る。

 スタッフから渡されたマイクを握り締めた。

 僕の顔の右上には、今までの戦績と共に『5』という数字が光り輝いている。

 

 僕が一番デビューに近かった時の映像。最終回前の順位発表の映像だ。上から九人がデビューできるという中、生き残れる十八位中、十七位から次から次へと呼び出される。ここで五位を獲れたら、余程のことがない限りほぼデビューが確定しているようなもの。

 

『応援、してくださるッ、皆様、本当に、本当に、ありがとうございます』

 

 感極まり、引き攣る呼吸の合間で、感謝の言葉を絞り出す。

 

『そして、一緒のグループで頑張ってきた挑戦者の皆、未熟な僕を助けてくれて、ありがとうございます』

 ミッション内で同じグループだった挑戦者たちの表情が次々と映し出され、皆、涙ぐみながら僕を見ている。まだ順位を呼ばれていないメンバーばかりで、残された一位から四位、または十八位を争うような状態だ。

 

『特に飛鳥、僕は飛鳥がいなかったら、ここまで残れていないよ。僕を、見つけてくれてありがとう』

 

 僕がスピーチをすると、数秒だけ当時順位が七位だった飛鳥がニヒルに笑う場面が映る。多分だが、「そうだぞ、感謝しろよ」的な表情なのだろうと勝手に思っている。

 

『この順位は、皆様からの大きな愛の証しの一つです。皆様の愛に応えるためにも、最後まで前向きに走り抜けます』

 左目からは一筋の涙が落ち、僕の頬を濡らす。自分で言うのも難だが、まるで映画のワンシーンのよう。

 

『自己紹介動画で言えなかった言葉を、ここで言わせてください』

『デビューしたら、お姫様たち皆んなを』

 制限時間は無い。鳴り響く鐘の音は聞こえず、ようやく言えるのだという期待からか、身体が少し前のめりになっていた。

 

『幸せにするよ、ずっと』

 

 あの日、扉に書かれていた文字は、僕が伝えたかったメッセージ。

 そうだ、ここで約束したのだ。

 意図しないえん罪のせいで炎上に巻き込まれ、デビュー組から押し出されるなんて、考えてもいない。

 まっすぐな僕の瞳は、涙でうるうると光を反射し、あまりにも眩しかった。

 疲れや不安からか、自信なく淀んだ今の僕とは全く違う。

 

 僕は画面から目を逸らし、自分の足元を見る。

 着古した白い王子様衣装、ほつれ、汚れ、毛玉もうっすらと見えていた。

 約束したのに、今の自分は誰かを幸せにできているのか。

 自分は幸せからは程遠く、ファンのみんなも不幸にしてはいないか。

 

 グシャリと髪を握りしめつつ、後ろを振り返る。

 まだ、あの可愛らしい部屋が広がっていたが、随分黒色で汚されていた。

 勿論、首が曲がったメンバーの体はドロドロとした黒の液体で染まり、本当にメンバーだったのかもわからない。

 ただ、光を失い濁りきった瞳は、じっと僕を無言で見つめていた。

 

 彼も、不甲斐ない僕を責めているのだろうか。

 

 次に後ろを向くと、曇りなき瞳の僕が爛々と明るい夢を見ているシーンで止まっている。

 逃げるように目を逸らせばメンバーが僕を睨み、また振り返れば眩しい昔の自分。

 メンバー、自分、メンバー、自分……。ぐるぐると回り続け、吐き気がうぷりと込み上げる。

 吐き戻したら駄目だ。

 必死に堪えるために、無理矢理天を仰いだ。

 ただ、光も何もない、黒一色が広がっている。

 

 ぐらりと力が抜けて、重力に任せるまま、膝から崩れる。

 どうすればいいのだろうか、溢れ出る不安感で呆然としている僕の耳元で、誰かが囁いた。

 

 

「……い……ぇ、……ぅよ、……ぉ」

 

 うめき声にも似ており、上手く聞き取れない。

 叶う事なら聞き返したいと、振り返った。

 

 

 そこで、目が醒めた。

 

 殺風景な部屋、慣れない敷き布団で寝ていたせいか、体の至るところが痛い。

 尋常ではない汗が体を流れていき、悪寒が体にまとわりつく。

 

 最近、変な夢ばかり見る。それも、メンバーを絞め殺す夢なんて。

 

 スマートフォンのライトを点灯し、自分の部屋から出て、水を飲もうとキッチンへと向かう。

 勘を頼りに進むと、隠されたキッチンへと到達する。調理器具がほとんどなく、コップと皿と箸がちょこんと用意されたいた。

 紙コップも近くに置いてあったため、紙コップを一つ手に取ると、蛇口を捻って水を注いだ。

 夜の静寂の中、紙を叩く水流音がASMRのようで何だか心を落ち着けてくれる。

 

 ある程度水を溜めると、蛇口を止める。

 そして、紙コップで水をガッと一気飲みをした。

 程よく冷たい水が口内に溜まった不快感を胃へと流し込んでいく。

 汗も少し流したい、僕はもう一度蛇口を捻り、自分の顔を水で洗う。ザブザブと音を立てれば、なんとなく身体にまとわりついていた気持ち悪さがシンクへと流れていった。

 

 心細い灯り、真っ暗な空間。気色が悪い夢を見ているようだ。

 風の音すら求めてしまうような静寂。

 早く、ここを出なければ。

 先ほどの部屋に戻るべきか、いや、それは。

 

 僕は気付けば、足早にキッチンを出ていく。向かう先は、ただ一つだった。

 扉の前には、ドアマットが敷かれており、中指を立てた狐が「絶対入禁!」と叫ぶイラストが特徴的だ。

 思えば、合宿にも持ってきていたなと懐かしく感じながら、僕は戸惑うことなく中に入った。

 中は先ほど僕がいた部屋と同じ、殺風景な部屋内にぽつんと置かれたクイーンサイズのベッドの上に飛鳥が寝ている。

 僕は静かに飛鳥の顔のそばへと足を進め、すぐ隣の床に腰を下ろした。お尻がひんやりと冷えるが、一人で過ごす勇気がない。

 飛鳥の横顔を眺める。暗いとは言え、僕の目には輪郭も表情もくっきり見えている。

 

 呼吸に合わせて、上下する飛鳥の掛け布団。僕はベッドのヘリにもう少し近づき、顎を乗せた。

 

 ごめん、今だけだから。そう思って、目を瞑った時、脳天をトンっと優しく叩かれた。

 驚いて目を開けると、不機嫌そうに薄ら眼で僕を睨む飛鳥がいた。

 

 

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