第17話 何故
衝撃的な言葉に、僕は飛鳥の顔を見つめることしか出来ない。唖然とする僕に、飛鳥は「やっぱりか」と肩を落とすと、スマートフォンをささっと開いた。ちょいちょいと操作した後、画面を僕に見せてきた。
「俺たちの情報なんて、とっくに売られてんだよ。ほら、これ」
飛鳥に促されるまま、画面に視線を向けると、知らない誰かが投稿したポストのスクリーンショット画像だった。日付は二年前以上のもので、僕たちが最初の課題を練習している頃だった。
一行目には「譲ho虫義 瓜○」と書かれており、舌には絵文字やギャル文字が織り交ぜられ、怪奇な文章にしか見えなかった。
当のアカウントを今一度確かめる。アイコンはしーっと口に指を当てている画像で、『天使ちゃん』と名乗っていた。名前の横には鍵マークがかかっており、ロックされたアカウントなのがわかる。
初見では何も読めず、これはどういう意味なのだろうかと頭を捻る。しかし、ふと頭の中で文字を一つずつ音読みした時、文章の意味が浮かび上がってきた。
「
もしやと思い、下に連なる文字たちを確認する。
砂の絵文字にJは、スナジェ。番組の略称だ。
その後に続く絵文字が描かれた行だ。よく読むと、長さはまちまちだったが、絵文字の構成にある法則性に気付く。
基本的に絵文字は一行に三文字以上書かれており、頭の二文字の絵文字は様々。しかし、三文字目以降はメール、電話、家、カレンダー、天使の絵文字が法則を持って繋がっているようだ。
「飛鳥、ちょっと画面、触ってもいい?」
「おう、じっくり見ろ」
飛鳥から許可をもらい、僕は画面を指でスクロールする。少し長めの投稿をちらっと最後まで到達した後、また上から読み直す。
絵文字で書かれたリストの上から七番目の行、僕でも誰を表しているのか見当がついた。
扉の絵文字に鳥の絵文字。
瀬
そして、八行目には、花の絵文字と雨マークの絵文字。
絵文字の隣には、メール、電話、家の絵文字が並べられている。
なるほど、頭の二つの絵文字が誰なのかを表しており、その後ろに記載されるメール、電話、家、カレンダー、女の絵文字は、持っている情報なのだろう。
一番下には、「
「これって、飛鳥と僕と……あと、他の友達だよね」
もう一度上に画面を戻し、七、八行目を指す。飛鳥は画面を見た後、小さく頷いた。
僕の情報だけではなく、飛鳥も、他の皆も売られていたなんて。
「誰がこんなことを」
他人の個人情報を商売道具にするなんて、どういう神経なのだろうか。そもそも、流石に犯罪では無いか。買う方も、買う方だ。なんでこんな商売が成り立ってしまうのか。
今まで知らずにのうのうと過ごしていた自分を恥じつつも、思わず身体が震える。
飛鳥は「実は、俺は何となく当たりが付いてるんだ」と、忌ま忌ましく吐き捨てた。
「誰?」
「宗弥だ」
予想外な名前に、僕は眉を顰める。
そんなはずはない。何故なら、彼は番組参加オーディションの時からずっと僕の友達だからだ。ビジュアルに優れており、スキルも高く、面白く陽気で友達も多かった。年齢は僕よりも少し上で、韓国の大手アイドル事務所にて練習生をしていた経験もある。話題性もキャラクターも、最初からデビューに近かった人なのに、こんなリスキーなことをするとは思えなかった。
「一体、何のために」
だからこそ、リターンの割にハイリスクな事を軽率に犯すとは思えない。
しかし、飛鳥はたちの悪い嘘は吐かない。そして、憶測と言えど、彼なりの確りとした根拠があるはずだ。
飛鳥を見つめれば、瞳孔が一瞬揺れた後、飛鳥はたっぷりの間を使う。どんな理由なのかと待っていると、飛鳥は親指と人差し指で丸を作る。
「金が欲しいから、しかないだろうな」
「お金?」
「練習生契約の途中で帰ってきたから、事務所の違約金を抱えてたって聞いた」
違約金。僕は思わず、ハッと空気を呑んだ。
韓国のアイドル事務所では、練習生として幾人かの子供たちを囲い込む。そして、デビューするまで、合宿させるのだ。何年も親の元を離れて、学校に通う傍ら、青春を夢のために捧げる。
基本的には、デビューが決まるまでの間、毎月評価され、成績が悪いものは首を切られる。
さて、この練習期間にかかる費用は、どう回収されるのか。
アイドルになった子たちは、それぞれの負担額を借金という形で支払うのだ。
だから、どんなに売れているアイドルでも、三年程は給料もなく、会社管理下で生活をする。
逆に出来なかった子たちの中で、事務所から退社宣告された人は、特にお金を払わなくてよい。損切りみたいなモノだからだ。
では、自分から退所を申し出た場合は?
なにか禁忌を犯して、退所させられた場合は?
事務所にもよるが、場合によっては違約金を請求されることがある。
そして、どうやら宗弥は事務所から請求されていたようだ。
「ポストが投稿された辺りから、俺たちの中でいたずら電話や、ファンの遭遇率が高くなったのは確かだ」
当時を思い返すと、ファンの人達と遭遇したり、見知らぬ人からメールや電話が届くようになったりが多くなったような気がした。単純に知名度があがったせいかと思っていたし、連絡先は学校関係から漏れたのかなとか、あまり深く考えてはいなかった。しかし、今の話的に僕たちのそういう情報も売られていたのだろう。
「まだ、これが宗弥だって決まったわけじゃ」
「ああ、俺も当時は少しも疑ってなかった。でも、俺が宗弥だと思う根拠が他にもあるんだ」
飛鳥はまたスマートフォンを操作し、今度はウェブブラウザアプリを表示する。慣れた手つきでとあるサイトを開くと、検索欄に先程のアカウント名を入力した。
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