第16話  好きは転じて何になる

 相変わらず、強い言葉で煽る「やゆよ」。正直彼女が言うように、少しだけ軽率な行動だったかもしれないが、それ以上に彼女のツイートで気になる言葉があった。

 

『情報が出回っている』

 

 前後の文脈を読み取ると、僕の入院先が割れているという意味としか思えない。思えば、死んだ「みるく」は自宅をどうやって突き止めたのだろうか。そして、一昨日更新された「みるく」のアカウント写真、僕を尾行したのだろうか。

 あんなに人が居ない車両では無理だ。もし、他の車両を乗っていても、ホームに出てきた時点で気づいてしまうはず。

 アンチアカウントの言い分を全て鵜呑みにはしないが、どうしても喉につっかかってしまう。

 

 では、僕の情報を誰かが漏らしていたら、今までの事件が起きるのも辻褄が合う。

 僕の情報を知っている人は、指で数えられるほど。

 メンバーか、スタッフ、家族くらいだろう。

 家族は流石に僕の情報を漏洩するなんて、ないと信じたいが、僕の母親ならやらかしていてもおかしくはない。

 しかし、もっと今の僕について詳しい人がいる。

 頭の中で浮かんだ顔。小さく呻いてしまうほど、心臓が誰かに握られたように痛くなる。

 身近な人を疑いたくはない。特にメンバーのことは、信じたかった。

 

 僕はタイムラインを眺めると、先ほどの彼女が、「やゆよ」に対して引用で反論しているのに気づいた。

 

『私は本当にこの病院がホームドクターです。今日の領収書も載せます。梨雨くんの優しさに言いがかりをつけるのもいい加減にしてください』

 添付した画像には診療費請求書兼領収書と書かれた紙の画像が貼られている。流石に個人情報と病院名の部分はスタンプで隠されているが、今日の日付が乗っている。実際に僕が貰った領収書と同じ紙の構成だ。

 他のファンの人たちや、彼女の友人であろう子も一斉に「やゆよ」を非難しているが、散々炎上している彼女がこれで懲りるとは思えない。

 このまま放っておくことはできないので、僕は新規ポスト画面を開いた。

 

『僕の行動でみなさんを混乱させてごめんなさい。友達の宗弥について、ファンの方と話せて嬉しかったです。これからも皆さんのために、考えて行動します。どうか優しく温かい気持ちで、互いを尊重していきましょう』

 ぽんっと送信ボタンを押した。暫し待つと、皆少しずつトーンダウンしていく。

 予想通り、「やゆよ」だけは『偽善者』とだけ引用してきたが、これくらいでカッカするほど僕も馬鹿じゃない。

 先ほどの子は、『梨雨くん、本当に好きだよ。これからはしっかり追います』と言うコメントを返してきた。

 

 どんなことも、早期対策が大事だ。

 

 正直心苦しいけれど、これが今僕にできる対応の精一杯だ。

 

 あとで、飛鳥に相談してみよう。

 僕はスマートフォンの電源ボタンを押し、画面の表示を消した。

 

 

 

 目的の駅に到着し、彼が今日ダンスのワークショップを開いているダンススタジオへと向かう。僕もよく使っているスタジオで、受付に入るとスタッフの男性が気づいてくれて、ご好意により商談スペースに通された。

「花枝さん、大丈夫ですか? 頭打ったって、飛鳥から聞きましたよ〜」

 案内された後に部屋に入ってきた女性。お茶を出しながら、心配そうに尋ねてきた女性スタッフは、飛鳥の幼馴染みであり、このダンススタジオにて常勤のダンス講師として働いている女性だ。僕も何度か彼女にダンスを教えてもらったことがある

 

「ええ、まあ」

 僕は気まずい気持ちを出さないように、返事をした。

「いやほんと、珍しく休むのが嫌いな飛鳥が、昨日休むとか連絡するから何事かと思いましたよ〜。本当に気をつけてくださいね」

「その節は、大変ご迷惑をおかけしました」

 差し出された湯呑みを横目で見ながら、僕は彼女に謝る。

 チラリと彼女を確認すると、目が合った一瞬だけ彼女の目元が嫌悪で歪んだ。

 

「流石に梨雨さんでも、今後はもうないと思っていますから、気にしないでください〜」

 声だけは穏やかだが、どこか棘のある言葉に聞こえるのは気のせいではないだろう。

 ただ、それなりに長い付き合いのため、彼女の言葉の真意に気づかないほど僕も鈍くはない。

 要は、「飛鳥に頼るな、迷惑をかけるな」と彼女は言いたいのだ。

 

 彼女は飛鳥に長い間片思い中なのは、公然の秘密である。

 自分が彼のことを一番理解していると、いつも遠回しに伝えてくるのだ。

 飛鳥の幸せをずっと願っている、と番組の応援中は何度も飛鳥の昔の写真と共にSNSで投稿していた。

 正直、古参マウントと呼ばれる、私は昔から彼の側にいますアピールだろう。僕も叔母が率先して、「うちの甥キュートなんです」と呟いていたが、それとは比べ物にはならない程にアピールしていた。

 

 そんな彼女にとって、飛鳥のデビューを妨げた僕は、大嫌いなお邪魔虫みたいなものだろう。

 

「お茶、美味しいやつもらったんですよ〜。お熱いうちにどうぞお飲みください」

「今、喉乾いてないので、あとで頂きますね」

 真っ白い湯気がゆらゆらと上っている。明らかに人が飲めない熱さなのが触らずともわかる。

 本当に彼女らしい気遣いだ。

 優しいと言われる僕でも、こういう人を好きになれる程、聖人ではない。

 彼女は「じゃ、ここでお待ち下さい〜」と外に出ていく。何だか嫌な予感がしたので、飛鳥のスマートフォンに、到着して商談スペースにいると連絡した。

 彼女ならば、忘れていたとかで、伝えない可能性がある。実際、去年似たようなことをやられ済みだ。

 

 正直、彼女のような人が「やゆよ」の正体なのではと予想している。僕のことを嫌いそうなのは、やはり飛鳥のファンだろう。

 

 そこから、二時間後、慌てた様子の飛鳥が扉を開けて飛び込んできた。

 

「すまん、遅くなった」

 昨日よりも声が随分マシとなっていたが、少しばかり掠れは残っていた。服はすでに着替えているが、汗が額を伝っているのを見るに、シャワーには入れなかったのだろう。

 

「大丈夫、WEB小説読んでた」

「そうか、急遽ワンツーマンレッスンをお願いされて、連絡できなかった」

「寧ろ忙しいのに、ごめんね」

 

 多分、先ほどの彼女が上手くやったのだろう。なるほど、こういう事が出来るのかと感心してしまった。

 申し訳なさそうにする飛鳥だが、僕のが迷惑をかけているのは確かである。とりあえず、僕のマンションに二人で向かう。受付には勿論彼女がおり、「ご飯みんなで行きませんか?」と白々しく誘ってきたが、飛鳥の「予定があるから無理」で切り捨てられていた。

 

 返事を聞いた彼女が僕にスッと視線をずらした時は、正直怖かった。飛鳥のズンズン進む歩幅に合わせて、さっさと退散する。スタジオ近くの道路でタクシーを捕まえて、二人で乗り込む。そのタクシー内で、僕は早速だが相談を彼に持ち掛けた。

 

「ねえ、飛鳥。実は、相談があって」

「なんだ」

 

「僕の個人情報が、どこからか漏れているかもしれないんだ」

 どきどきと嫌な鼓動を鳴らしながら、僕は横に座る飛鳥へと視線を向ける。

 飛鳥の表情は、何だか哀れなものを見るような目で、やはり僕の悲劇を悲しんでくれているように見えた。

 暫し、飛鳥は眉間あたりに手を当てて、黙ったあと、はあっとため息を吐いた。

 

「お前、今更気づいたのか」

 

 ピキッと僕の身体が凍る音がした。

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