第15話 誰が好き?

 バスが発車し、窓の外の景色がゆっくりと流れはじめ、どんどんと速度を増していく。

 病院の周りは閑散とした場所だからか、空いている土地がポツポツと目立っていた。


 この間も窓のガラスに映る女子高生は、僕が気づいていないと思っているのか、何度もスマートフォンと僕の顔を交互に見ていた。

 誰かに連絡しているのか、それともSNSでポストでも書いているのだろうか。指は忙しなく動いている。


 さて、どうするのかと見守っていると、彼女は辺りをキョロキョロと見渡し、恐る恐るスマートフォンを持ち上げる。黒いカメラのレンズを僕へとこっそり向けてきた。

 彼女が画面をタップしようとしたのを見て、僕は振り返った。

 

「撮るときは、声掛けてもらえた方が嬉しいです」

 

 驚いた彼女は、スマートフォンを落としかける。あわあわと何度か掴み損ねたが、どうにかキャッチが出来た。

 

「ご、ごめんなさい」

 ぎゅっとスマートフォンを握りしめて、頭を下げる。ふるふると震えている。彼女としては、ちょっとした出来心だったのだろう。

「怒ってないので、頭を上げてください」

 優しく声を掛けると、彼女は怯えつつ頭を持ち上げる。既に顔は青ざめており、半泣き状態であった。

 そこまで脅かすつもりではなかったが、やはり盗撮は良くないので、釘はしっかり刺さなければいけない。

 彼女はすぐに謝罪してくれたので、寧ろマシな方である。

 盗撮しようとする人の中には、謝らず逃げるか逆ギレしてくる場合も多い。

 一度、番組に出た他の挑戦者が、盗撮を注意したら、鞄で殴られるという事件があった。スタッズの付いたバッグだったらしく、彼の顔には大きな傷が残ってしまった。

 

「盗撮は怒られちゃいますからね、あと僕も出来れば、ファンの前ではカッコつけたいんですよね」

 そう戯けて笑うと、彼女は泣きそうな顔でまた頭を下げた。

「本当にごめんなさい、友人に梨雨くんがいるって言ったら、写真送れって」

 若気の至りというべきか、学生同士のやりとりでは起き得るだろう。彼女のどこか大人しそうな見た目からして、友達に押し切られたのかもしれない。実際はどうかとかはわからないが、アイドルならばファンの嘘を受け止めるのも仕事だ。

 

「僕を知ってるんですね」

「はい! 私、スナジェ、リアルタイムで見てて、梨雨くんも大好きでした」

 スナジェというのは、僕が挑戦者として出演していた番組の略称。そして、彼女の言葉に僕は心の中で少し残念に感じた。

 という言葉は、僕よりも好きな人がいるという確率が高いからだ。


「誰が、一番だったの?」

 僕から尋ねると、彼女は驚いたように目を見開いた後、小さな声で「榎田宗弥えのきだそうやくんです」と素直に教えてくれた。ただ、質問に答えたわりに表情が暗いのは、彼が現在活動休止中だからだ。

 番組でデビューした九人組のグループに選ばれた宗弥は、今年の初めに交通事故にあったのだ。

 彼が乗っていた事務所の車がどうやら故障していたらしく、ガードレールを飛び越え山の斜面を転がったと聞いた。

 僕と一緒に苦楽を共にした仲間だったので、彼の悲報を知った時はとても悲しかった。

 

「宗弥は、良いやつだし、フィジカル最強なんで。きっと、大丈夫ですよ」

 これは正直、嘘だ。

 交通事故から暫く経ったが、宗弥は目覚めていない。植物人間状態だそうだ。勿論この事実は公表しておらず、僕たちも面会謝絶のため、詳しい状況はわからない。機敏なファンたちは薄々気づいているかもしれないが、他のメンバー活動では誰も話していない。

 僕たちは皆、「宗弥は大丈夫だから、待っててね」という言葉しか言えない状態だ。

 しかし、嘘から出た誠を信じて、僕は嘘を吐き続ける。

 

 彼女は僕を見て、複雑そうに唇を動かした後、ゆっくりと開いた。

 

「梨雨くん、本当に優しいですね。ああ、もう、理想のキラキラ王子様アイドル過ぎですよ」

 彼女はどこか力が抜けたような表情で微笑む。理想の王子様アイドル、僕にとって嬉しい褒め言葉だ。

 

「それほどでもないですよ。あ、終点の駅までいきますか?」

「は、はい、駅まで行きます」

「じゃあ、降りたところで写真を撮りましょう。僕を見つけてくれたお礼です」

「良いんですか!?」

 驚いた彼女に、僕は「もちろん」と優しく答える。彼女は嬉しそうに笑った。

 

 あれから数十分、終点の駅にあるバス停を降りた近くで、何枚か写真を撮る。

 非公式の場での女性とのツーショットはアイドル的にダメなので、僕のソロ写真でお願いした。

 撮影を終えると、僕は彼女を見送った。彼女がホームのほうへと消えていくのも見て、僕も同じように改札を越え、ホームへと向かった。

 

 目的地は、飛鳥との待ち合わせしている駅だ。ホームに到着すると、運良く乗車予定の電車が停車していた。

 電車に乗りながら、SNSを確認する。

 既に先ほどの彼女が、僕と遭遇した内容をツイートしており、僕へのメンションも来ている。

 

『病院で薬を貰いに行ったら、梨雨くんがいた。色々あった宗弥くんのことを話したんだけど、大丈夫だよ、って言ってくれて、なんかわからないけど、救われた。すごく優しかった』

 救われたという文字に、よかったなと思う。

 

 アイドルとして、こうやって自分の行動で、誰かを元気づけられたのは嬉しかった。

 

 コメントには、「梨雨くん体調悪いのに、優しすぎだよ」とぴえんな顔文字と共にアヤネが書き込んでいる。美咲は「ゆっくり休んでね、梨雨くん」と引用していた。

 確かに、少しばかり疲れてしまった。けれど、電車の中で寝たくない。この前の悪夢を思い出して、僕は眠らないように目をしぱしぱと瞬きさせる。

 SNSを眺めれば起きていられるはずと、タイムラインをスワイプして更新した。

 すると、新しく誰かのツイートが流れてくる。

 

『病院特定して、出待ちしたんじゃないの。もうとっくに病院の情報も出回ってるし。こんなのに騙されるなんて、アイドルとして意識がなさすぎ』

 鋭く刺さる辛辣な言葉の主は、案の定「やゆよ」だった。

 

 

 

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