ずっと、しあわせにするよ
第13話 自己紹介と願いを込めて
暗くどんよりとした世界、目の前に置かれた一台のノートパソコンのみが光を放っていた。電源の点いたモニターには、僕が初めて番組で撮った一分間自己紹介動画が表示されている。金色のアラビアン風王子様コスチュームを着込んだ僕は、頑張って作り上げた笑顔を貼り付けていた。
懐かしいな。自分が思い浮かべる王子様の衣装で一番派手なものをと、時間をかけて探した服。自己紹介も、何度も何度も鏡の前で、びっくりするほど練習したな。
しかし、この映像を見るのは、正直
苦虫を噛みつぶしたような気持ちを余所に、動画は滞りなく進んでいく。
「初めまして! 僕は
わざとらしい程にかっこつけたポーズを決めた後、すぐに背中に隠していた小道具を取り出す。オーロラ色に光るクリスタルのバラの花、枝部分は金色。僕は持っている花を、カメラの前にいる誰かにあげるように、ぐいっと前に差し出した。
「皆さんに、もっと、僕のことを知ってほしい。なので、今の気持ちを替え歌にしました。歌います!」
大きく宣言し、次は薔薇の花を今度はマイクのように持ち替える。
「きらきらひーかーる はなえーりーうーくん」
自己紹介の替え歌として選んだのは、きらきらぼし。
理由としては、時間的にちょうど良い長さだったのと、替え歌が容易だったからだ。
きらきらぼしを歌う、キラキラな王子様っていうコンセプトは、僕としてもよく出来ていると自画自賛している。
動画の僕は可愛く愛嬌たっぷりに横揺れしながら、名前の部分は自分の頬を指でちょんと突く。
「うたってわらえば みんなのおーじさま」
歌詞に合わせて、にっこり笑い自分が王子様だと強調する。王子様売りしようと思ったのは、叔母からのアドバイス。家族で唯一、オーディションに参加するのを、最初から応援してくれた人だった。
「どきどきしーてーる あなたにー会うこと」
胸の前で、バラの花をドキドキと動かす。そして、貴方に向かって、もう一度差し出した。
動画撮影時は、僕を含む出演者の情報が世間には出ていない。
自分にファンが出来るのか。僕の自己紹介を見ている人が、どう思うのか。僕を好きになってくれるのか、それとも嫌われてしまうのか。
とても不安だった。こんなにも王子様を全面にしてよかったのかと、今更ながら考えてしまうほどに。
けれど、そんな不安も吹っ飛ぶような、僕は大きな失敗をやってしまった。
「どうか、花枝梨雨に一票をお願いします。僕がデビューしたら皆様を、ずっと」
カンカンカンカーンと鐘の音が響き、画面には「タイムアップ!」と言う文字が大きく表れる。
用意していたあと数文字を言えず、尻切れトンボになってしまった動画。僕は友達や家族、ファンたちにも散々いじられ、笑われてしまった。
ちなみにこの撮影の時、飛鳥も見に来ていたが、大爆笑した後「ドンマイ、ドンマイ、ドンマイケル」と完全に馬鹿にしながら慰めてきた。
飛鳥はかなり無難にこなしており、得意なコンテンポラリーで、自分の好きな焼き肉食べるシーンを踊っていた。正にプロがガチでふざけるとあんなにも面白いのか、と感心してしまった。勿論、僕とは違い、ちゃんと時間通り収めていた。
練習では、余裕をもって終えられていたのに。本番で走らないように、ゆっくり話すように気をつけ過ぎたのが良くなかった。
途切れてしまった言葉を言えたのは、最終回前の順位発表でのコメント。あの時、ずっと伝えたかったことだ。放送にもちゃんとカットされず流れたので、本当に嬉しかった。
映像を再生し終えたパソコンは、パチンッと電源で消える。すると、辺りが急に明るくなる。ふわりと浮かぶ身体、目の辺りに重みが感じる。
そうか、これは夢なのか。
重い瞼に逆らいながら、目の前に広がる光を取り込む。一層白く眩しい世界。鼻につく消毒液の香り。ぶれた光が少しずつ輪郭を取り戻していく。
白地に黒の斑点が印象的な天井。少し柔らかめのマットレス。綿の枕。へたりのない掛け布団。
全てがなじみの無いもの。ここはどこだろうか。
「起きたか?」
「えっ!?」
ぼうっと事態を飲み込めないでいると、急に片方の耳元で囁かれた。生理的にぞわりと背中がツンッと伸びるが、その声は唯一耳に馴染みすぎていた。ゆっくりと声がした方に視線を動かすと視界には見慣れた緑の髪色が見えた。
「飛鳥」
名前を呼ぶと、飛鳥は僕の耳元から顔を上げ、ニッと片口をつり上げた。
「起きたか」
蚊の鳴くような小さな声。わざとボリュームを落としており、意図せず喉を使いすぎたのだろう。
「ここは?」
「病院。部屋で倒れてたんだぞ」
病院。言葉を反芻しながら、頭を少しだけ左右に動かし、もう少し広い範囲を見渡す。よく見れば、点滴も繋がれ、カーテンで仕切られた場所だった。
「ごめん、ちょい喉いてぇから文字見せるわ」
飛鳥は喉を擦った後、ポケットからスマートフォンを取り出す。そして、トントンと文字を打ち込み、僕に画面を向ける。
『脳しんとう、だって。一日様子見で入院』
足をもつれさせて、転んだ時に頭をぶつけたのか。僕はこくっと頷くと、飛鳥はまた文字を入力し直す。
『慌てて行って、警備員さんにお願いしたんだよ。そうしたら、ぶっ倒れててさ』
「ごめん」
『無事でよかったよ。タクシーの時に悲鳴と倒れる音聞こえて、生きた心地しなかったわ』
「助かったよ、ありがと」
『ちなみに呼び掛けてたからか、喉の炎症があって、文字ですまん』
「僕のせいだよね」
飛鳥からの説明に、どんだけ迷惑を掛けてしまったのかと、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。けれど、飛鳥はキョトンとした後、『あんなことあったんだし、仕方ない』と、気にすんなとジェスチャーを出す。
なんだかんだ、面倒見が良い飛鳥に、僕はまた助けられてしまった。ゆるりと飛鳥の方に手を伸ばすと、飛鳥は僕の手の甲をとんとんと優しく撫でた。そして、その手はすぐにスマートフォンへと戻る。
『で、なんで、すっ転んでたんだ?』
にやっと笑う飛鳥に、やはり彼は少し意地悪だというのを僕は再認識する。しかし、あんな電話をした後、脳振とうを起こしてしまったのだ。ここで教えないのは、不義理なため、伝えるしかない。あの、恐ろしい出来事も。
「なんか……扉に黒い文字があって、びっくりして……」
上手く声帯が震わないが、どうにか何が起きたのかを説明する。要領を得ない説明を、一通り聞き終えた飛鳥は首をかしげながら眉をぐっと寄せる。
何かおかしいことを言っただろうか。
困惑している僕に気付いたのか、飛鳥はすぐにスマートフォンに文字を打ち直した。
『そんな文字、無かったけど』
僕は、目を見開く。
「チェキ、は無かった? 玄関前に落ちてなかった?」
『いや、警備員さんと一緒だったけど、なかった』
では、僕が見たものは一体、何?
飛鳥の不思議そうにきょとんとした顔が、彼の証言が嘘では無い証明だった。
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