第12話 写真の中の自分


『タイムライン、見てねぇのかよ!』


 キンッ、と耳の奥が痛くなる。興奮した飛鳥の言葉に、思えばSNSにポストした後は、アプリを確認していなかったことに気付いた。

 スマートフォンのホーム画面を表示し、SNSアプリを開く。通知バッチは「999+」、初めて見た数値だ。


 通知画面には、「大丈夫?」「生きてる?」「私たちが守るよ!」「逃げて」と僕を心配するような言葉で溢れている。確かに不気味な事象はあったが、飛鳥にすら詳細は伝えていない。どうして、ファンや友人たちからの通知が来ているのだろうか、


「え、何が起きてるの」

『ショートムービー! アイツ・・・のが更新されてんだよ!』

 状況が未だ飲み込めていない僕に、飛鳥は苛立った様子で更に叫ぶ。びくりっと電話越しで僕の身体は跳ねた。

 とにかく言われるがまま、僕はすぐにアプリ画面の上部、最新のショートムービーが並ぶ場所を確認する。そして、見た瞬間に異常事態に気づいた。


「なんで」

 視界に映る、牛乳の絵文字・・・・・・

 僕の目の前で死んだ「みるく」のアカウントが表示されていた。

 この通知欄には、直近二十四時間以内にショートムービーを更新したフォロワーのみが通知されるのに、なぜ更新されているのだろうか。

 そして、僕は一度自分が開いているアカウントを確認し、更におかしさに気づく。今アプリでアカウント選択しているのは、僕がファンの人たちを監視している鍵アカウントではない。

 アイドル活動に使っている公式アカウント。

 公式アカウントでは、ファンを絶対にフォローしない。メンバーやグループ公式、飛鳥を含む番組に出演していた友人たちだけだ。理由として、友人たちの反応にすぐに気づきたいからと公言しているが、それ以上にフォローした場合、確実にファンが「された、されてない」と炎上するのが目に見えているからだ。


 だから、この公式アカウントの通知欄に、「みるく」のアカウントがあるはずがない。


 いつフォローしたのだろうか。しかし、それよりもショートムービーには、一体何が映されているのだろうか。


 僕は震える指で、アイコンをタッチする。


 SNSのホーム画面からショートムービーの表示へと、画面が切り替わる。


 コンビニの外から中の様子を撮った写真。窓越しに目が合う、ぼうっとした僕の姿があった。


 あの時に感じた、視線。


 ぞわりと、背中が粟立つ。

 誰もいないと思っていたのに、アカウントの持ち主がいたのか。

 いや、撮影されていれば、流石にわかるはずだ。それに、これは死んだ人のアカウントではなかったのか。

 一体、どうしてという言葉で頭は埋まり、髪をぐちゃぐちゃと掻きむしりたくなる。


 何度も繰り返し確認するとショートムービーの隅に、小さな文字でメッセージが記載されているのに気付いた。


『しあわせにするよ、ずっと』

 機械的で一般的な文字フォント、ピンク色の文字は明らかに僕に向けられたもの。


 幸せにするって、どういうこと。

 動悸どうき、頭痛、吐き気、目眩めまい。目は挙動不審に視点をキョロキョロと彷徨さまよわせてしまう。


『おい、梨雨! 大丈夫か!? 変なやつに襲われてないか!?』

 飛鳥の怒鳴り声がスマートフォンのスピーカーから響くが、僕は呆然としたままショートムービーが流れ続ける画面を見た。


 あのチェキは先ほど「牛乳のアカウント」の人が所有していたチェキなのか。予想していた「みるく」ではなく別の人が更新しているのか。そうしたら、「みるく」の不可思議な落下死は、もっと知り得ないような理由があるのでは。


 考えれば、考えるほど、身体が冷え冷えとしていく。


「飛鳥、助けて」

 声が震える。身体が縮こまり、縋ることしかできない

『ああ、わかってる、もうタクシーで向かってっから。心配なら通話つけっぱにしとく』

「ありがとう」

 やはり口は悪いが、飛鳥は優しい。僕は安心からか、ほっと息を吐くと、ゆっくりと呼吸を整え始めた。しかし、余裕が生まれたからこそ、自分の過ちを思い出せた。


 玄関の扉の鍵を、閉めていない。


 一瞬で、頭の上に水を掛けられたかのように、血の気がさぁっと足先へと引いていく。


 慌てていたとはいえ、痛恨のミスだ。僕はびくびくしながら玄関へと視線を向ける。


 玄関は電気がついていないせいか、いつもよりも薄暗いように感じた。

 僕はゆっくりと玄関の方に向かう。

 やはり鍵は閉められていない。まず、鍵の開閉用のツマミを指でつかみ、かちゃりと閉じた。

 思えば、外は大丈夫だろうか。

 コンビニの時点まではつけられていたと思うのだ。

 正直とても怖いが、どうしても不安感が拭えず、寒暖差のせいか、扉に手を這わせ、身体を寄せた。手汗のせいかじっとりとしている扉、恐る恐る覗き穴の向こうを見る。

 しかし、こんなにも怯えながら確認したのにもかかわらず、特に何もなかった。ぽつんっとあの気味の悪いチェキだけが落ちている。


 よかった。誰もいない。

 オートロックや警備員を登用する程の厳重なマンションに、簡単に忍び込めないはずだ。


 そう思って、玄関の光をつけた。

 僕は、安心したのが、間違えだと気付いた。


 乱雑にガタガタと汚く書かれた文字。

 黒くどろりとした塗料は乾いていないのか、床までだらだらと流れる。


『しあわせにするよ、ずっと』


 自分の手を見れば、握手会で汚れたのとは比にならないほど、手と服は黒く染まっていた。絶叫が喉の奥から絞り出される。


 後退ろうと焦る気持ちのまま、足を動かしたのが良くなかった。足と足が絡まり、ぐらりとバランスを崩し、床にガンッと背中や後頭部を打ち付ける。


 痛みの中、僕は意識を手放した。

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