第6話 人々にかけられる言葉

 美咲は、僕が番組に出ていた時からのファンである。


 番組出演中はSNSの使用は禁止、合宿中はスタッフの許可を得なければ、家族にも連絡できない。ただ、SNSの投稿を検索するだけなら許されていた。

 出演者のほとんどは、自分たちのことが発表されてから毎日検索していたと思う。僕もまた、その一人だ。


 最初に僕たちが番組コンテンツで紹介されるのは、出演する挑戦者88人全員が踊るシグナルソングのMV。この動画内の立ち位置は、本人たちの実力によって、明確に差をつけられている。

 残念だが、僕は歌が上手くともダンスが下手だったため、いいポジションにはなれなかった。


 それでも、運良くカメラ抜いてくれたことにより、僕が大きく映るシーンがある。

 家族や友人でも、最初見逃しそうになるくらいの時間。


 その一瞬を見つけてくれたのが、彼女だった。


 可愛らしいビジネスカジュアルな服を着ており、全体的にふんわりと大人しい印象だ。

 そんな彼女がまるで隕石が落ちてくるかのように、どんよりと暗い表情を浮かべている。僕は両手を伸ばすと、彼女ははっと顔を上げた。そして、恐る恐る僕の手を握るが、いつもより力が入っておらず、なんだか遠慮がちだった。


「美咲さん、いつもありがとうございます。なんだか元気ないですが、何かありましたか?」

「あ、あっと、いや、なんでもないよ、リウくん。無事でよかったよ」

「心配かけてしまいました、元気ですよ。僕はアイドルですから」


 にっこりと微笑めば、美咲は目をまん丸と大きく開けた後、つられて笑う。


「そうだね、リウくんは私の一番のアイドルだからね」

 いつもの調子を戻したのか、美咲の表情と声色が明るくなった。そして、繋いでいる手をきゅっと強めに握り返してきた。


「リウくんをもっと輝かすために、これからも応援するよ。頑張るよ」

 決意に満ちた表情は、初めて目が合った時から変わらない。彼女が番組挑戦者のお披露目会場で、僕の名前が書かれた応援うちわを持っていたのだ。心の底からこんなにも嬉しいことがあるのだと知ったあの瞬間を思い出す。


「美咲さん、僕を見つけてくれて、本当にありがとう」

 何度だって繰り返してきた感謝の言葉を、美咲は噛みしめるような表情で頷く。


「僕はそれだけで嬉しいから、僕がもっと頑張るからね」

 これからも彼女を含むファンに、ずっと伝えていきたい気持ち。

 視聴者投票型のオーディション番組において、ファンたちの活躍は切っても切り離せない。

 様々な形の広告や宣伝、布教活動がなければ、誰にも見つからず脱落してしまう。そのファンたちをとりまとめて、活動をしてくれていた人が美咲である。

 あの炎上中も彼女が必死に火消しに回ってくれたおかげで、他の視聴者から票を集めるために誰よりも頑張ってくれたのだ。

 僕が最後落ちた時は、美咲が自分のSNSアカウントで、謝罪の言葉を投稿していたのも僕は知っている。あまりにも悲痛な叫びに、僕も申し訳ない気持ちになった。そして、ファンのみんなのために誠実に頑張ろうと思ったのだ。

 あれから一年以上経過したが、その気持ちは変わらない。


「本当に梨雨くんは優しいね」

 美咲は、するりと手を離す。スタッフに迷惑をかけたくないらしく、促される前に出て行くのだ。


「ずっと、応援してるからね」

 最後の最後まで暖かい言葉だけを残していく。もし、ファンの鑑を探すならば、僕は彼女だと本当に思う。

 この後も僕のファンが続く。美咲のように長いファンも、グループでデビューしてからのファンも、楽しそうにブースに入ってくる。久々に会えたファンからも、「無事でよかった」と優しい言葉を貰う。中にはあからさまに野次馬的な印象もあったが、枚数を積んでいるわけでもないため、どんどんとブースを追い出されていく。記者らしき男もスタッフによって強引に押し出されていった。

 ただ、悲しいことにもっとおかしい人もやってくる。


「リウ、あいつ、今日どの女といたか知ってる!?」

 ブースに入ってきた途端、僕と握手せず大声を出したのは、遅刻してきたメンバーのファンの女性だ。華やかに巻かれたミルクティーブラウンの髪色に然り気無くブランドロゴが入ったワンピース。いかにもお嬢様という感じが、あの人の好みだなと僕は呆れる。ファンを迎え入れようと上げた手をどうすべきかと思いつつ、引きつった顔で答える。


「ごめんなさい、わからないです」

 多分女性と一緒に来たのは想像がつくが、相手の顔を今日は見ていない。観客席の一番後ろにある関係ゾーンの中にはいただろう。けれど、彼はいつも違う女性の家を転々としている。彼女もその一人だったはずだ。

「チッ」

 彼女は舌打ちだけを残し、用は済んだと言わんばかりにブースから去って行く。ブース内のスタッフは困ったようにこちらを見た。


「次が最後です」

 外にいたスタッフから声がかかり、僕は今日の鍵を閉める人を迎える。

 ブースの入り口に立っていたのは意外な人だった。


「よっ」

「飛鳥!」

 飛鳥はいたずらが成功したと言わんばかりのどや顔で、黒いマスクを顎下へとずらしつつ、僕に向かって軽く手を上げた。

 

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