第5話 火に集う人々
やはり今回の事件は、SNS上で予想よりも少し大きく話題になった。本来ならば休むべき場面だが、逆に話題だからこそと、休めるわけが無かった。
ストーカーとはいえ、仮にもファンが死んだというのにと思うが、どんな話題であっても利用したいらしい。
「お前の不運が役に立つこともあるんだな、うちのリスナーたちも気にしてたぞ」
ライブ前の楽屋内。僕にそう冷たく言い放つのは、プリンス☆トリガーのリーダー。僕よりも7歳上で同じ番組で共演したのをきっかけに、このグループを結成した。ワイルドな見た目が特徴で、最近はかなりゲームにのめり込んでいるのか、ストリーマーとしての稼ぎを優先だ。
ちなみにもう一人のメンバーは、相変わらず遅刻。多分だが彼女たちの内の誰かと共に来るだろう。
そんな中僕は愛想笑いをした後、喉を温めるため発声練習を始める。いつもの白い王子様衣装は、使い古されているせいで、よれや糸のほつれなどが目立つ。
ここ最近歌う機会が少し減っていたが、体は休息と捉えてくれたのか比較的調子は良かった。
難しい箇所のみを軽く確認しながら、ストレッチを一人で行う。デビューして最初三人で実施していたのだが、随分と前から僕一人だけで準備を進めている。
始まる30分前、もう一人のメンバーも到着したが、彼の身体からは鼻につくエキゾチックな香水の香り。
「あの、ちょっとぐらい合わせて練習しませんか?」
僕は二人に声を掛けるが、「いつもとやることは変わらないだろ」とリーダーに鼻で笑われて、遅刻したメンバーは完全無視で衣装をだらだらと着替えている。
何を言っても仕方ない、僕は肩を落として、一人で振り付けを確認する。
それから十数分ほどで、本番待機の時間となった。いつも通り、ステージの上手の袖に移動したが、会話は一つもない。
同じグループのはずなのに、まるで一人で舞台にいるみたい。
憧れていた、アイドルという夢ってこういうものだったっけ。
会場内が暗転するとともに、BGMが消える。暗い中、いつもと同じように一番目の立ち位置に立つ。いつもよりも、観客のどよめきが大きい。
ステージライトが音楽と共にバッと明るくなる。久々に観客席が半分以上埋まっていた。いつもなら、二百人のキャパシティに対して、三十人ほどだが、ざっと見で百人くらいはいるだろう。
ほとんど初見の人たち、多分今回の事件をきっかけにライブ会場に訪れたのだろう。
売れないアイドルのライブは、初回のお客は無料が多い。僕たちも例に漏れず、無料である。
今は野次馬だとしても、もしかしたら好きになってくれるかもしれない。
一抹の不安あるが、それを隠して笑うのがアイドルだと僕は思う。
すう、空気を肺に流し込む。そして、最初の一音を発した。
観客席から感嘆の声が漏れる。
僕の歌唱力だけは、唯一無二なんだ。
観客席最前には僕の初めてのファンである優しい美咲さんと、僕のことをガチ恋してるらしいアヤネさん。二人が僕を見上げている。その後ろにも僕のファンが連なっていた。人々の手には白色に光るペンライトが眩しく輝いていた。
前まではここに「みるく」にいたのだ。
自分の一番初めのパートを終えて、リーダーパートは後ろに動く。ふと視界を上げると、会場の奥に目立つ緑色の髪色が目に飛び込んできた。
二曲ほど披露した後のトークタイム。話し始めは、メンバー挨拶を順番に実施する。
「どうも皆のバンビプリンスのリウです! この度は、本当にご心配をかけました」
先手を打つように頭を下げると、観客席から「大丈夫だよ」「無事で良かった」などの声が僕に向けられる。けれど、中には「どうしたの」や「教えて」などの野次も飛んでくる。本来なら、こういう時はさっさと次の話題に移るべきだ。
「まじで、何があったんだ」
しかし、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら聞いてくるリーダーに、僕は一番の敵はこの人だったと思い直す。
「捜査中のことなので、警察からは何も言うなってお願いされているので」
事実を述べれば、会場の空気がシンッと静まり返る。尋ねたリーダーは一瞬固まった後、「それなら仕方がない」と話を切り上げた。もう一人のメンバーは自分の彼女たちへアピールしていた。
ライブ中はいつも通り滞りなく終わり、今日も握手会を始めた。最初はもちろん、あくの強いアヤネだった。
僕の方から両手を差し伸べると、アヤネは真っ先に手を掴んだ。
「やっほー。今日はまとめ出しオンリーなんだね」
「アヤネさん、いつもありがとうございます。長くお話しできるの嬉しいです」
握手券には都度出しと、まとめ出しの二つがある。都度出しは10秒くらいの握手のために、列に枚数分だけ並び直す。まとめ出しの場合は、一回に10秒×枚数の秒数分だけ会話できるのだ。
これは基本は選べるので、一番初めと最後の客になりたいアヤネさんは都度出しをしていたのだ。実は物販について、僕は関与できない。他のメンバーとマネージャー業をやっているスタッフで決めており、僕は良くて事後報告、悪くてファンから教えてもらうこともある。
「まあ、抽選じゃなくなったのはいいけどね。それよりも、さっきのアイツなに!?」
「え」
「リーダー! 普通さ、フォローするでしょ。アイツ、ゲーム配信してから人間性クソさ増してる」
頬を膨らませて怒るアヤネ。やはり、観客も僕と同じ気持ちだったようだ。
「でも、皆気になってますし、ちゃんと現状伝えられて良かった」
「もう、優しすぎだよ。そこがラブいんだけどねぇ。私と付き合お」
「ありがとうございます。その気持ちが嬉しいです」
一瞬で怒りが収まったのか、少し甘い声で首を傾げる。アヤネは綺麗な顔立ちで性格も面白いのだが、いつも軽く告白してくるので、答えに困ってしまう。
しかし、時計で時間を計っていたスタッフが、「そろそろ時間です」と声をかけた。
「もう!?」
アヤネは心底残念そうに顔をしょぼつかせたあと、しょうがないと言わんばかりの顔だ。
「諸行無常すぎだけど、仕方ない。次のイベント、特別なプレゼント、持っていくから待ってて」
「プレゼント」
「もう少しで誕生日でしょ! 楽しみにしててね。じゃ!」
アヤネは元気にブースから出ていく。僕は急なことでどうにか「また待ってます!」とだけ声を掛けるのが精一杯だった。
そして、次に入ってきたのは、どこか暗い表情をした最古参のファン・美咲だった。
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