第4話 問題は燃える


「僕の住んでるマンション土地柄もあって、セキュリティがすごくて。監視カメラもたくさんついてるんだ」


 マンションの場所は、都内の繁華街から少し離れた学生街。音楽系の大学や専門学校が多い場所のため、比較的にお金持ちの子女ばかり。

 安いだけでは選ばれない土地なので、周りの集合住宅は防音や防犯という部分を強化し、アピールポイントにするのだ。

 僕のマンションもまた、マンションの入り口と監視カメラが廊下ごとに設置されている。カメラの死角なんてほぼ存在しない。


 事情聴取を担当していた警察官が、僕に向かって困ったように尋ねてきた。

「花枝さん家の玄関に通らずに、ベランダに行く方法ありますかね?」

「ないですね」

「ですよねぇ。なんで、映ってないんだろ」

 ため息交じりの嘆きに混ざった情報に、僕が知ってしまって良かったのだろうかと気まずくなった。しかし、このお陰か僕の関与した形跡は見つからず、今後事情聴取への協力のみで済んでしまった。


 ここまで話を一通り聞いた飛鳥は、鷲のような鋭い目つきを梨雨に向けて、緑の髪を掻き上げながら真面目な顔でぽつりと呟く。


「もしや、瞬間移動か」


「アニメじゃあるまいし、普通無理だよ」

「冗談。けどまあ、暫くは気をつけた方がいいかもな。番組の時から・・・・・・変なやつホイホイなんだし」

 その言葉に僕の顔が引きつる。

 番組、僕たちが出会った視聴者投票型アイドルサバイバルオーディション番組のことである。


 99人の若者たちが、四回行われる視聴者の人気投票によるランキングで勝ち残り、最後9人のアイドルグループのメンバーとしてデビューを目指す。世界的に流行している番組の日本版に僕たちは参加していたのだ。

 番組名は「スターチョイス☆ナイン.JP」。一応、僕と飛鳥は最後の18人まで残ったが、飛鳥が15位、僕が11位で二人ともデビューできなかった。

 当時高校生だった僕と大学生だった飛鳥。

 ファンから理想的な鹿顔の王子様と呼ばれ、柔和な雰囲気と幼さありつつも、抜群の歌唱力のある僕。そして、鷲のように鋭い個性的な顔つきとスタイルの良さにダンスは随一という定評のあった飛鳥。

しかも、最初のミッションで同じグループになってから、「あすりう」というカップリグ名で親しまれた僕たち。

 安定してずっとデビュー圏内だったのだが、とある事情によりに最後人気が落ちてしまったのだ。



 食事も終えて、時間も遅いので帰路につく。途中の駅で飛鳥と別れ、僕は自宅ではなく別に借りた短期賃貸マンションに向かう。事件が起きてから、現場保全のため家には帰れず、お金がない中の苦肉の策だった。


 もう少しで戻ってくるらしいが、そのまま引っ越そうと思っている。


 いつもと違う電車に乗りながら、この先どうなるのかと不安を抱えつつ、スマートフォンを開く。すると、なぜかSNSアプリの通知が溢れていた。

 タイムラインに流れるのは、僕を心配する声がほとんどだった。

 引用されるポストには、マンションで死んだ女性のネットニュースと、引用者のメッセージ。


『また他のメンバーとファンを不幸にしたね。牛乳女も、最期まで迷惑過ぎる』


 アカウント名は、「やゆよ」。アイコン画像は無く、ポストのほとんどは僕に対する厳しい言葉に溢れている。僕の古参アンチアカウントだ。

 今回の事件について、公式からは何も出していないのに、どうやら僕と関係があることに気づいたようだ。


 僕と飛鳥が、デビューできなかったのは「やゆよ」のせいなのだ。

 番組最後である四回目の人気投票が始まった日、「これ、どう思う?」とまるでキスしているような写真を、「やゆよ」が上げたのだ。もちろん、キスなんてしておらず、ただ遊びに行った時に撮られたものだ。

 当時のアンチアカウントがこれ幸いと便乗し、「同性愛者がいると、自分の推し達も狙われる」と難色を示す形で火をつけた。


 人気投票は、本当に少しの落ち度が命取りになる。

 特に恋愛は御法度。アイドルで色恋沙汰は致命傷なのだ。

 実際に彼女と別れていない事実がバレた練習生は。酷い罵詈雑言を視聴者に向けられた挙げ句、早々に追い出されてしまった。

 そして、僕たちはもまた、このデマによって、明らかに放送時の映る分量を減らされた。中には擁護する人もいたが、僕たち以外の出演者を応援する人たちにとっては、自分の推しをデビューさせるチャンスでもある。

 どんどん拡散されていく誤情報。


 正直、辛かった。

 出演者は放送中のSNSを禁止されていたので、反論できず、ただ燃える光景を眺めることしか出来ない。

 弁明し、鎮火したのは、番組が終わった後だった。

 様々な視聴者たちの謝罪、アンチアカウントはしれっと削除。

 唯一、「やゆよ」だけが残った。


 この「やゆよ」は、的確に痛いところを突いてくる。さらに自分はあくまでも誹謗中傷ではないというラインで攻めてくるのだ。

 今までもどんな些細な内容でもネタを見つけると、燃やそうとしてくるのでかなり要注意である。


 今回タイムラインを見ると、「むしろこれを目撃したリウのメンタルが心配」や、「リウ、お祓いに行こう」などの優しい言葉が目立つ。


 連絡アプリにも、色々な人から連絡が来ており、番組で出会った友達からのもあった。


 丁度最寄り駅に到着したので、電車から降りる。改札を出て、短期賃貸マンションへの道を歩きながら、連絡の中でも大事な友人たちには、優先的に大丈夫だと返信する。


 その時、ふと目の前から何か視線を感じた。


 スマートフォンから顔を上げる。街頭の下にゆらりと人のような黒い影が揺れた。えっ、驚いて思わずまばたきをすると、忽ち陰は消えていた。


 本当に、お祓いするべきかもしれない。僕はスマートフォンを握りしめ、足早に道を駆け抜けた。



 

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