第3話 変質した問題点

 いつもよりも激しい音に、僕は耳を塞ぐ。チャイムの音を切っていなければ、その騒音も響き渡っていただろう。ドアをガンガンッと叩き、ガチャガチャとドアノブを捻る。かすかではあるが、鳴らないチャイムを押し続けるクリック音も混ざっている。


 以前、同様のストーカー被害にあった際、事務所に相談したのだが、「警察を呼ぶな、無視して耐えろ」と切り捨てられてしまった。

 幸か不幸かこのマンションは防音性能が高く、自室で無い限り、酷い騒音は聞こえないだろう。


「ねえ、リウくん出てきてよ!」

「やっぱ、私のことATMだと思ってるんでしょ!」

「ねえ! 聞いてるの! 黙ってないでなんとか言いなさいよ!」

 ダンッ、ダンッ、扉の叩き方がどんどんと暴力性を増していく。後々確認すると、靴底の跡と凹みがくっきり残っており、どうやら激しく蹴ったようだ。


 僕はぎゅっと部屋の中で縮こまる。音楽を聴いて無視をすればいいのかもしれないが、そのせいで被害が拡大してしまうのが恐ろしかった。どうにかやり過ごすしかないと、耐えるのみだ。


 正直、精神的にかなりしんどい。そして、この時初めて、自分のファンに対して、酷い感情を抱いてしまった。


『どうか、早くいなくなってほしい。こんなファンはいらない』


 彼女の猛攻を聞かないよう、耳を塞ぐ。もう、正直限界だった。強く心の中で叫んだ。


 刹那、音が消えた。


 いつまでも続くと思っていたのに、

 まさか、もう居なくなったのだろうか。

 玄関には一応カメラが付いており、部屋の壁にあるモニターからこっそりと様子が確認できる。まだ外にもしかしたらいるかもしれない彼女に気付かれないよう、ゆっくりと立ち上がりかけた時だった。


 バンッ。


 ベランダの方から何か叩きつけられる音が反響する。僕は小さな悲鳴を上げて、思わず振り返る。

 ベランダのガラス窓の向こう側。


 ピンク色の髪色を揺らめかせ、ふわふわ白い服を着た、「みるく」が立っていた。僕は目を見開く、なぜそこにいるのだ。しかし、彼女の様子はおかしく血の気の引いた青白い顔で、髪の毛もぐしゃぐしゃになっている。なによりも、なんだかいつもより背が高いような違和感があった。


 目と目が合う。ゆっくりと彼女の口が動いた。


「ずっと、いっしょだよ」


 絞り出したような掠れて、小さい声。しかし、僕の耳には何故かその音がよく聞こえた。

 そして、次の瞬間、彼女はまるで何かに引っ張られるように、ベランダの外側へ。

 頭、胸、膝、足。頭をベランダの向こうにひきずられるように、僕の視界から消えていく彼女。

 僕は唖然とした後、今の状況のやばさに気付く。縺れる足で慌ててベランダの外へと出た。ベランダの柵の向こう側、身を乗り出すように下を見る。


 視界の先には、赤い血だまりに浸かった彼女だったモノがあった。


 ◇◇◇


「で、あれからずっと、事情聴取続きでさあ。警察の人もかなり捜査難航してるらしくて」

 会話の途中に届いた生姜焼きは、少しばかり冷めてしまったが、それを僕はようやく一口口に入れる。

 幾度となく行われる事情聴取、状況的に僕が容疑者として疑われているのかもしれないが、それは警察も廊下に着いていた監視カメラ映像から不可能だとわかっている。

 けれど、それでも何度も話すはめになっているのは、この事件が色々とおかしい・・・・からだ。


 飛鳥は一通り話を聞き終えると、チキンステーキの最後一口を頬張り、ぐっと飲み込んだ。


「なんで? ストーカーがお前んちのベランダ入ってきただけだろ」

 何故そんなに難航しているのかとでも言いたげな顔だが、今の話だけならば上手く伝わらないだろう。 


「そもそも、ベランダに入れたことが、おかしいんだよ」

「はあ?」

 実際に僕の目撃証言や、様々な監視カメラの映像を照らし合わせても、人知を越えた力・・・・・・・でも無いと辻褄があわない。


「僕の部屋は中層階の五階。それに隣の人とは繋がってないもん」

「下の階から上ったとか? 屋上からとか? なんか、こうミステリードラマのトリック的なやつ」

 飛鳥は適当そうにチキンステーキの付け合わせのポテトを口に入れる。その姿を見て、僕は肩を下げた後首を横に振る。


「そもそも普通の人がマンションの扉の前から、ベランダまで数秒で移動できるとおもう? しかも、四方八方にあるカメラに写らずに」

「カメラに写らずに?」


 飛鳥の顔が怪訝そうに歪んだ。

 

 

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