第2話 愛の変質

「飛鳥ぁ、聞いてよぉ~」

 飛鳥の顔を見た途端、身体から変な力が抜けて、へなへなした声で彼に抱きつきに行く。自分よりも一回り大きい身体、いつだって頼ってしっかり受け止めてくれる。


「甘えただなあ、かわい子ぶっても遅刻はチャラにならないぞ」

「わかってる、でも、本当に……」

「その前に、まず練習だ」 

 ぐたぐたと話し始めそうな僕に、すっと一喝を入れる飛鳥。たしかに、ここには新曲の練習に来ている。あまりにもいっぱいいっぱいで、自分のことしか見えなくなっていた。しゅんっと落ち込みながら「ごめん」と言うと、飛鳥は僕の肩をぽんぽんと叩いた。


「死ぬほど踊って、一回脳をリセットしようぜ。大丈夫、夜は空いてっから付き合うからさ」

 さっさと鏡張りの壁に向かう飛鳥。これは彼なりの気の使い方なのだろう。余裕のない僕を見抜きつつも、今すべきことへと顔を向けさせる。

 僕が彼と出会った時・・・・・・・からずっと、こうして導いてくれていた。

「他の二人は?」

 すぐにカバンを隅に置きながら、今ここにいない他のメンバーについて、答えのわかっている質問を投げる。飛鳥は顔を不機嫌そうに歪めた後、「用事があるらしくて休みだ」とぶっきらぼうに答えた。だろうなと思いつつ、僕は練習着に着替えようと上の服を脱いだ。

 飛鳥が考えたフリは、簡単ではあるがその分練習の差異が見えてしまう。しかし、他のメンバーとしてはある程度覚えられたら終わりなのだ。


 僕は少し項垂れて一息吐く。練習用の服と靴に替えた後、飛鳥の後ろに並ぶ。そして、ストレッチを始めた。


 そこから、二時間ほど。スタジオのレンタル時間ギリギリまで本当に死ぬほど踊らされた。

 余計なことを考える暇の無く、ギチギチに新曲の振り付けを詰め込まれたのだ。

 今もあまりにも無理をしたので、身体の至る所が疲れによる倦怠感で動きづらくなっていた。


 そして、そのまま近くの二十四時間やっているファミレスへと入る。一番安く量のある生姜焼き定食のご飯大盛り。

 飛鳥はチキンステーキ単品とサラダ。


 基本金のない僕たちには、飲み物を頼む余裕はない。水一択である。


 水のグラスで乾杯をするが、なんとも言えない貧乏くさい。しかし、冷えた水が喉へと流れ込めば、その心地良さにあっという間に心を奪われる。

 やはり、練習後のこのなんでもおいしく感じられる時間は大事だ。


「で、何があったんだ」

 ぐっ、飲んだ水が喉の変なところに入りそうになる。慌ててグラスの縁から口を離し、僕は飛鳥を見た。ダンス練習のせいで、今日飛鳥に話そうと思っていた事を忘れかけていた。


「……ご飯食べてからでもいい?」

「食う前も後も変わらねぇだろ。しかも、まだ飯来てねぇし」

 たしかに飛鳥が言うことは最もだが。正直、飛鳥だって、今僕に何が起きているのか知らないはずが無い。


 人が死んでいる話であり、正直かなり重い話なのだ。

 けれど幸い、僕たちの席の周りには人がいないので、飛鳥に促されるまま、事件の日になにがあったのかを僕はゆっくりと話し始めた。



 ◇◇◇


 あの日、ライブから帰ってきた僕は、すぐにSNSで自分やグループ名を検索していた。

 所謂エゴサーチという行為である。正直、心削られる部分も大きい。応援メッセージもとてもありがたいが、それ以上に苦言が多いのだ。


 今日もプリトリ、観客40人切っている人気なさ過ぎ

 まじステージ、やる気なしやばいよね

 曲ダサすぎなのに、フリがいいとか脳バグる

 プリトリの誰か女連れで現場来たんだけど

 特典会しか取り柄ないのに、抽選券とかナメてる

 りうくんが一生懸命すぎて浮いているよね


 検索結果に並ぶ言葉は、ぐさぐさと刺さる。しかし、僕に対する鋭い指摘から今後の改善点もわかるので、ほぼ毎日行っていた。

 一通り確認した後、次は自分のファンやファンだった人たちのアカウントのタイムラインを眺める。

 鍵垢からフォローして見ている自分に薄ら寒さを感じるが、これもどうしてもやめられなかった。

 嫌われてないか、嫌われたならどうしてなのか気になってしまうせいで、監視してしまう。


 その時、一つのアカウントが更新された。


 アカウントの名前は、牛乳の絵文字・・・・・・のみ。投稿一覧にはたった一つのポストのみ。しかも、二十四時間後には消えてしまう設定がされたショートムービーだ。震える指で恐る恐る動画を再生する。

 画面いっぱいに表示されたのは、僕の部屋の扉だ。


 ずっと、一緒。愛してるよ。


 ゴシック体の白字。それは、最近現れた僕のストーカーアカウントだ。といっても、基本的に犯人はわかっている。


「リウくん、いるんでしょ、中に入れてよ!」

 このアカウントが更新されると始まる猛攻。ドンドンッと扉を叩く女性は、昼間の握手会で暴れた「みるく」だった。

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