第22話 ホワイトアクセスマジック 22

 ただまあ、ヘイズ夫妻のどちらとも除外できるのだけは、確信が持てた。流暢な日本語だけれど、イントネーションに決定的な違いがあるもの。

「でさあ、結局このあと、何時から展示の残りを見る?」

「時間ないしな。早い方がいいんじゃない? 飛鳥は調子、どう?」

「――うん?」

 急に振られたので戸惑った。でも、会話の内容は、耳から入って来ていたから、たいして間を空けることなしに答えられた。

「あ、大丈夫。むしろ、今すぐにでも」

「随分、気合い入ってるねー。食べたばっかりで歩くのは疲れるよ」

 お腹をさする仕種をしながら、東野君が言った。

「だって、あたしは外を全然見てないから、明日は朝から大急ぎで回らなくちゃ。展示は今夜中に済ませて、早寝早起き!」

 殊更、元気よく応じてみせる。義務を片付けて、事件を防ぐことに集中したいのが本音なんだけれど。

「そうだね」

 口数の少なかった江山君が、みんなを見渡しながら言った。

「またいつ、体調を崩すかしれないし、早めにしておくに越したことはない」


 半分以上、駆け足状態になりながらも、展示を全部見て回った。一応、真面目にメモを取っていったので、楽じゃなかった。途中で会った瀬野さんからは、「もう、お身体は大丈夫ですか?」と気に掛けられて、焦るし。心身ともに、疲れた気がする。

 だからって、今夜は布団に倒れ込むわけにいかない。ここからが本番。

 実は、事件を防ぐ方法に、一応の目処はついていた。いくつかしなくちゃいけないことがある。

 ドアが控えめにノックされた。五回、等間隔で。江山君との間で決めておいた合図だ。

「もらってきたよ」

 戸を開けると、江山君が小さな紙袋を顔の横に掲げた。それを受け取り、中を確かめる。午後にもらった解熱剤と同じ物だ。

「ありがとう。あたしが頼んでもよかったんだけど、一日に二度も言ったら、変に思われるかもしれないから」

「分かってる」

 江山君は後ろ手に扉を閉めた。かちゃりと音がする。

 午後十時を回って、男の子と二人きりというシチュエーションは、通常じゃ考えられない。それだけ今は緊急事態なのだ。

「それから、瀬野さんが言うには、瀬野さん本人や従業員も含めて、この宿泊棟の方で寝泊まりするらしい。正確には、従業員の部屋は客のそれとは分かれているけれど、建物は一緒」

「苫田さんだけが、管理小屋で寝泊まりするのね」

 再確認すると、江山君は静かにうなずいた。

「じゃ、十時も過ぎたし、最後の」

「うん。早くしないとね。万が一、犯人と鉢合わせしたら、台無しだ」

 あたしと江山君は揃って部屋を出ると、廊下を急ぎ足で抜け、ロビーに到着。自動販売機の前で少し迷ったあと、缶コーヒーを買って、それから外へ出た。目指すは管理小屋。足音をなるべく立てないよう、静かに進む。月も出ていない夜だけれど、外灯がそこかしこにあって、暗くはない。

 管理小屋の前に立ち、ドア横の呼び鈴を押した。

「どなた?」

 案外、早い応答に、あたしと江山君は笑みをこぼした。お酒を飲んで眠ってしまっていたら厄介だと思っていただけに、これは助かった。

 しばらくするとドアが押し開かれ苫田さんが上半身だけを覗かせる。

「ん? 中学生のお嬢さんか。おお、男連れで、こんな夜遅くに何だね。仲人でも頼みに来たか」

 これもセクハラ発言だと思う。けど、今は気にしてられない。スマイルスマイル。

「こんな時間にすみません。昼間のことで、お礼が言いたくて」

「昼間のって、ここに来て話をしたことか。あんなもの、管理の仕事に比べたら、別に大した手間じゃない」

「でも、質問攻めにしちゃったし。明日になると、忘れちゃいそうだから」

 言いながら、さっき買った缶コーヒーを差し出した。

「あの、お酒にしようかと思ったんですけど、管理人のお仕事って、ひょっとしたら夜中もモニターを見てなきゃいけないのかなと思ったから、コーヒーにしました」

「そいつは残念だ。警備員じゃないから、四六時中、モニター画面とにらめっこなんてことはないさね」

「それじゃ、買い直して来ます」

 江山君と顔を見合わせ、きびすを返すと、肩越しに呼び止める声が。

「かまわん。どうせこの時間になったら、アルコール類の自販機は使用停止になるはずだ。ここはホテルじゃないからな」

「そうですか。それじゃ、コーヒーだけでも」

 改めて手渡そうとする。その動作を止めて、「あ、他の方から同じ物をもらった、なんてことはないですよね」と尋ねた。苫田さんは一瞬ぽかんとし、次に顔の前で手を大きく振った。

「ないない。物をもらうなんて、初めてだ。お客さんからはおろか、ここの仕事仲間からさえ、もらったことはないな」

「それは、他の皆さんが、年長者の苫田さんを尊敬してるからですね」

 江山君が口を挟んだ。苫田さんは、何だこの坊主はという風に視線を移してから、自嘲気味に答える。

「どうだかね。まあ、この顔だしな。愛想笑いの一つでもできりゃいいんだが、昔のことがあって、うまく笑えん。ま、あれは自業自得の面もあるんだが……」

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