第21話 ホワイトアクセスマジック 21

 江山君は対照的に、変わらない調子で答える。

「犯人に犯行を起こさせ、苫田さんが怪我を負うぐらいの本当にぎりぎりのところで食い止めれば、警察が動いて犯人は逮捕される。苫田さんも命を狙われたことを自覚するだろうし」

「……そういうのって、あたしが思い描いてたのと違う……」

 自分の手のひらを見つめる。

「犯行を起こす前にというか、それが罪になる前に、犯人を止めたいの。はっきり言うなら、逮捕されてほしくない。苫田さんはひょっとしたら、過去にとてもひどいことをして恨みを買ってるのかもしれないけれど、だからと言って怪我してほしくない」

「その上、犯人には、二度と犯行を起こそうとは思わないようにさせたい……理想だね」

 江山君は皮肉で言ったのだろうか。ううん、そうじゃないと信じる。

「だって、たまたま魔法の力のあるあたしが、人を殺そうという話をたまたま、前もって聞いたのよ。普通に助けました、犯人は捕まりました、で済ませるのなら、警察に通報するのと変わんないよ」

「……」

「集音壁のことが分かったんだから、警察だって信じる可能性、高くなったんじゃない? でもそれだけじゃ――」

「感情的なおしゃべりはやめよう」

 江山君は急に強い口調で言うと、新しく便せんを一枚、手に取って、ペンを構えた。

「理想を実現するための時間は、そう多くは残ってないよ」

「――うん。ありがとう」

 あたしもペンを持った。力が入った。


「遅いよ。何してたのさ」

 食堂で待たされていた成美の声に、東野君はありのままを、正直に答えてしまった。

「松井さんと二人きりで、時間が経つのも忘れて、熱心に話し込んでいた」

「ちょ。その言い方は」

 焦る。司の様子が気になった。

 確かに、東野君の台詞に嘘はない。元はといえば、夕食の時間が来たにもかかわらず、気付かないで対策を練っていたあたしと江山君の落ち度だ。なかなか姿を見せないあたし達を心配した成美が、東野君に頼んで、もとい、命令して、様子を見に行かせた結果である。

「飛鳥、何の話をしてたの?」

 予想してたほどはジェラシーを含んでいない司の声に、ほっとする。まさか、自分達がお風呂に行ってからほとんど間をおかずに、江山君があたしの部屋を訪ねたとは思いも寄らないんだろうなあ。知られたら、恐い……。

「あのあと、またぶり返してたところに、江山君が心配して見に来てくれてさ」

 椅子に着きながら、いつもの理由で弁明を始める。

「好きなことを話題にしてたら、気が紛れるんじゃないかって言うから、ゲームの話をしてた」

「なんだ、また?」

 呆れた風に笑う司。成美も目を閉じ、「だめだこりゃ」みたいな感じで、首を左右に振った。

「うん。でも、実際、効果あったんだから。それまでは頭痛がしてて、食欲もなかったのに」

「松井さんて、そんなにゲーム好きだったっけ。前は違ってたような」

 東野君が聞いてきた。あたしはメニューを江山君から受け取り、目を走らせながら答える。……おいしそう。本当は空腹なので、余計にそう見えるのかも。

「昔はあんまり興味なかったわ。でも、やってみたら面白くて。だけど、最初のゲームをいまだにクリアーできてないから、上手じゃないのよね」

「ふーん。普段、外から見てるだけじゃ、分からないもんなんだな」

 日焼けした腕を組み、首を傾げた東野君。その隣――そう、何故か隣に座ってる成美が、横目でじろりと見やる。

「ほう、普段、外からじっと見てたのか。あんたって、あれだけ大勢と付き合いがあるのに、飛鳥まで狙ってるの」

「俺は全ての女の子を平等に見ているだけです」

 東野君の切り返しの素早さときたら、こちらにどきっとする余裕さえ与えないほどだ。

 遅れてきたあたし達の注文も済ませ、しばらくしたら、ほとんど同時にみんなの料理が運ばれた。気が利いてるなと思ったら、成美が自分達の分を注文するときに、あとから来る人がいるので一緒に出してくださいとか何とか頼んだらしい。

 話題は当然、今日の感想とか、このあとどうするとかに集中した。けれど、あたしは別の方に意識が行って、会話が素通り状態になりがち。だって、他のモニター客が、相前後して姿を見せ始めたんだから。

 もしかしたら、姿形で犯人が分かるかも……という期待は、儚くも打ち砕かれた。特徴的な身長・体格あるいは髪型の人は、いなかった。もちろん、串木家の男の子は別として。

 唯一、中村さんの恋人という元山もとやまさんは、髪を肩まで垂らしていたので、見分けが付きそうな気もするけれど、アップにしてまとめるなり、帽子を被るなりしたら、シルエットだけじゃあ男の人と区別つきそうにない。

 次に注目、というか、意識を集中したのは声。くぐもっていたとは言え、この耳で聞いたんだから、区別できる!……そう勇んだものの、結果は無惨だった。携帯電話での内緒話かつ、集音壁を通して聞いたというのがよくなかったのかしら、各テーブルから漏れ聞こえる会話にいくら耳を傾けても、ちっともぴんと来なかった。相手と二人で話をしばらくしてみたら、調子や癖で、この人かもってぐらいは分かるかもしれないが、現実的じゃないよね。

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