第20話 ホワイトアクセスマジック 20

 タイミングを見て江山君を呼びに行こうかどうしようか、迷いつつも部屋から動けないでいたら、彼の方から来てくれた。さすが、分かってる。

「東野君は?」

「テレビを見ながら、身だしなみに時間を掛けてる。きっと、食事までああしてるだろうな」

「それなら安心ね。色々考えてみたんだけど……」

「ちょっと待って。先に、声が聞こえてきた件を解明しておこう」

 メモを書き付けた便せんを広げるあたしに、江山君が言った。手が止まる。

「解明って、分かったの!?」

「多分ね。君の言ってた場所に、当たりを付けて行ってみたんだ」

「え? 司は?」

「もちろん、一緒。ちょっとコースを離れてみようって言ったら、何となく嬉しそうにしていたし、問題ないだろう」

「まあ、ね」

 江山君、変に期待を持たせるのはよくないわよ。それはともかく。

「壁が立っていると聞いてたから、すぐに分かった。足下の星マークも見つかったしね。あれは集音壁だと思う」

「集音壁? 何それ」

 最初、字が分からなかったけど、江山君が便せんの隅に書いてくれた。

「元々、何のために考え出されたのかは、僕も知らない。戦争のとき、敵陣に入り込んだスパイが、味方へ暗号を、大げさな道具なしに伝えるために作られたという話を聞いた覚えがあるけれど、実際に役立ったかどうかは分からない」

「実用化されてないのなら、あれも、その集音壁として、役に立たないんじゃないの?」

「いや、それは昔の話。今は実際にある。離れた場所にそれぞれああいう壁を、向かい合わせに設置し、壁の前の特定の一点に音が集中するように調節すると、数十メートルくらいなら、普通の話し声程度で充分聞こえるらしいんだ」

 江山君の知識に感心させられ、知らぬ間に何度もうなずいていた。

「へえー、初めて聞いた。ていうことは、あの壁も施設の一つで、まだ工事中なのね」

「工事中及び調整中ってところだろうね。案内や解説が全くなかったから、ただの壁に見える。だからこそ、犯人は安心して危ない話をしたんだろう。工事中なら人も来ない、万が一来ても、壁が目隠しにもなると考えたかもしれない」

「なのに偶然、あたしが聞いてしまった……」

「調節中なのによく聞こえたのは、背の高さと立ち位置がぴったりだったからと思う。しゃがんだ途端、聞き取りにくくなったのは、ポイントがずれたせい。逆に、松井さんが声や物音を立てていたら、向こうに伝わった可能性もあったわけだから、危なかった」

 少なからず、ぞくっとする。二の腕の辺りをさすった。

「新しい魔法じゃなかったのは残念だったけど、解明はできた。次は、もっと大きな問題だ」

「うん。一人でいる間、ずっと考えていたんだけれど」

 ようやく便せんメモ書きの出番が来た。半ば無意識の内に折り畳んでいたそれを広げ、相手に見せる。瀬野さんや苫田さんから聞いた話や、それを元にあたしが考えたことも、覚え書きとして記しておいた。

「魔法の使い道はあとにして、聞いた話から、あたしは串木さん夫婦のどちらかが怪しいと思った」

 会ったこともない、顔すら知らない人を疑うのは気が引けるけど、今の時点では仕方がない。許してもらおう。

「ただ、親子三人連れでずっと外の施設を体験していたのなら、時間的に無理があるような気もするの」

「――うん、よく考えてるね。僕が松井さんの立場で同じことを聞いたら、やっぱり同じ結論に達していると思う」

 賛成してくれた。何だか嬉しい。

「それで、こうして推理を重ねるやり方で、仮に犯人を特定できたとして、それからどうするつもりなの、松井さんは?」

「どうするって……見張って、行動に移したらすぐに止めに入る。全員を注意して見張るよりは、ずっと楽で確実でしょ」

「どうやって止める?」

「そこにもちょっと書いたけど、移動魔法で遠くに行ってもらうか、いざとなったら攻撃魔法で」

「うーん……」

 難しい顔をする江山君。同意してくれたんじゃなかったの? あたしが不満そうかつ不安そうに眉根を寄せたのだろう、こっちを向いた江山君は、ふっ、と表情を緩めた。

「僕も見て回ってるとき、できるだけ考えてみたんだ。まず、決めたのは優先順位。事件と起こさせないのと同じぐらい、君の秘密を守ることも大事だ」

「それはそうだけど。じゃ、攻撃魔法は封印して、移動だけで対応すれば」

「二つ目に決めたのは、この場限りの防犯にしたくないということ」

 すぐには理解できなかった。小首を傾げたあたしに、江山君も言葉が足りなかったと感じたのかしら、唇をちょっと嘗めて、説明を補う。

「松井さんの言う通り、移動魔法を使えば、犯行は防げる確率が高い。魔法そのものについても、勘違い・気のせいってことでおしまいになると思う。しかし、それだけで大丈夫なのだろうか。千載一遇のチャンスと言ったって、これっきりというわけじゃない。今回失敗しても、またここを訪れれば犯行は可能なんだよ。苫田さんが管理人を続ける限り」

「そんな。じゃ、どうしろと言うのよ」

 無理難題を押し付けられた気がして、つい、口調が荒っぽくなった。

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