第19話 ホワイトアクセスマジック 19

「いいの? 身体の具合は?」

 ドアが細く開けられ、今度は司。少し疲れた風に見えるのは、江山君と一緒に回って、興奮しっ放しだったせいかもね。

 あたしは、疲れてるけど回復しつつあるよっていう加減の声を心掛けた。

「うん、だいぶよくなった。大丈夫だから、入って来て」

 促すと、二人は「じゃあ」と、それでも普段よりはしずしずと部屋に入って来た。

「お、ほんとだ。顔色、よくなったじゃない」

 成美が言う。あたしは本当は何ともないのだから、おかしな気がしたけれど、さっき、テニスコートで会ったときは、人殺しの話を聞いてしまった直後で、それが顔に出ていたのかもしれない。今は落ち着いたというわけ。

「何か欲しい物はある? 飲み物でも……って、何この、ファイト一発みたいなサラリーマンドリンクは」

 机の片隅にあるドリンク剤の空き瓶を、目ざとく見つけた成美。

「体調が悪いって言ったら、瀬野さんがくれたの。それのおかげで、かなり復活しました」

「そりゃ結構なことで」

「そっちはどうだった? 面白かった?」

「ああ、展示よりずっとよかった。楽しめたわよ。パートナーが気に食わなかった以外は」

 東野君のことを言うときだけ、口を尖らせ、目は斜め上を向く成美。それ以上、詳しい説明をしてくれないのは、東野君との間によっぽど気まずい空気が流れたのかしら。

 あたしが司に目を向け、「たとえば、どんなのがあった?」と聞いてみた。

 司が「あのね、鏡が――」と答えようとするのを、司がすかさず遮る。

「ちょっと待ったぁ。あとで回る可能性、ゼロじゃないんでしょ、飛鳥?」

「え、そ、それは当然。今日は無理でも、明日、時間があれば」

「だったら、白紙の状態で体験したらいいと思うよ。まあ、身体を使った科学マジックみたいなのが多かった、とだけ言っておくわ」

 そういうことか、説明をしてくれなかった理由は。納得して、頬が緩む。

「じゃあさ……」

 と、いつもなら、司と江山君の会話などを肴に盛り上がりたいところ。だけど、今はちょっと優先順位を下げよう。

「……他のお客さんとは会わなかった? 全然見ないから、あたし達だけなんじゃないかって思い始めてる」

「見たよ」

 司が答える。

「親子連れ三人と。すれ違ったとき、頭を下げたぐらいで、話は何も」

「よかった、いたんだ。どんな感じの人だったかなあ」

「どんなって……普通の幸せそうな一家団欒て雰囲気だった」

「そう? ここの人に聞いたんだけど、そこの男の子って、あんまり外で遊ぶのが好きそうじゃないタイプだって」

「嘘ぉ。そんな風には見えなかったわよ。気に入った施設というか遊具なんか、何度も何度も試してたんだから。きっと、やり始めたら思ってたより面白くて、夢中になったんじゃないかな」

 司の話に、成美も「あー、それなら目撃した」と相槌を打つ。

「両親、特に父親の方が、何時間も付き合わされてへとへと~って感じだったわね、あれ」

「ふうん」

 続いてその両親について、突っ込んで聞こうとしたんだけど、違和感があったのでやめた。しばし考え、串木さん夫婦を犯人に見立てるのには、時間的に無理があるんじゃない?と思い始めた。

 苫田さんから聞いた話の印象からだと、串木さん家の子供は、かなり早くから外の施設を回り始めたはず。それなのに、あとから回り出した司や成美それぞれが見かけてる。ていうことは、相当に長い間、外の施設で遊んでいたことにならない? 遊んでる間に、旦那さんか奥さんのどちらかが輪を外れ、携帯電話を掛ける余裕なんて、あったのだろうか。あたしが聞いたあの会話、結構時間を取ったと思うし、あの川縁まで行くのも、距離があるんじゃないかしら。

「おーい、どうした?」

「まさか、また具合が悪くなっちゃった?」

 はっと我に返ると、成美はあたしの顔の前で片手を振っており、司は心配げな顔で覗き込んでた。

「い、いや、平気平気。えーと、東野君と江山君は?」

 話を逸らすというよりも、早く江山君と対策を練りたい思いから、名前を出した。

「二人とも、部屋に戻ってる。で、思い出したんだけど、食事前にひとっ風呂浴びようって言ってたわ。飛鳥が大丈夫なら、あたし達も行かない?」

 もうそんな時間。普段、家では夕食は七時過ぎが当たり前だから、こんなに早くお風呂に入ることも滅多にないけれど。

 さて、どうしよう。江山君がお風呂じゃなきゃ、成美と司には先に入ってもらって、その間に江山君と相談するのがベストなんだけどな。

 男子は女子より入浴時間が確実に短いし、待ってみる価値はありそう。

「ごめん、今は一応、パスしとく。先に入って」

「えー、そんな。だったら、あとで一緒に入る」

 司がつまらないとばかりに、首を横に振った。

「いいじゃない、今入って、あとでもう一度って。二度入った方がきれいになるわよ。うふふ」

「……そうしよっかな。今夜は江山君がいるし」

 よかった、こっちの提案に簡単に乗ってくれた。

 成美も不本意そうではあるけど、「じゃ、決まり」と言って、きびすを返す。

「いっそのこと、東野の奴が目の玉剥くぐらい、ヴァージョンアップしてやろ

うかしら」

 ロングヘアを後ろに流す仕種をやりながら、大股で出て行った。

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