第18話 ホワイトアクセスマジック 18

 あとはモニター客それぞれに直接、聞くしかないかなという思いが脳裏をかすめた矢先、瀬野さんが現れた。

「苫田さん、館内放送をお願いします。――おや」

 あたしを見て、ちょっぴり意外そうに口をすぼめる瀬野さん。でもすぐに元通りになり、放送の内容を伝える。中村さんに電話があったからフロントまで来てくださいとのことだけれど、今時、若い人で携帯電話を持っていないのは珍しいかも。

 あ! 携帯電話を持っていないとしたら、中村さんは容疑から外れる?

 興奮で鼻の穴が膨らむのを感じ、慌てて手で隠した。すると、瀬野さんがあたし以上に慌てた様子で腕を引っ張り、外に連れ出した。

「な。何ですか」

 後ろ手に扉を閉めた瀬野さんに、あたしは腕を振りながら尋ねた。瀬野さんは、ふーっとため息をついてから、

「放送中にくしゃみをされたら、困りますので」

 なんて答えた。さっきのあたしの仕種が、くしゃみ直前の動作に見えたらしい。そうじゃなかったことを表明してから、ついでに聞いてみる。

「苫田さんて、前は何の仕事をされてたんでしょう? 色々と変わられているみたいな話だったから、気になって」

「残念ながら、存じ上げていませんので……」

 ゾンジアゲテの漢字が、一瞬、分からなかった。子供相手に、ここまで丁寧にされると、かえって恐縮しちゃうわ。

「瀬野さんは携帯電話、持ってますよね?」

「え? ええ、それが何か」

「あたしはだいぶ前から親にお願いしてるのに、まだだめ。防犯に役立つって言って押してるんだけれど。串木さんのお子さんは、持ってるのかな。持ってたら、小学生でも持ってるんだよって、親に言うの」

「はあ……それも分かりかねますね」

 困ったような笑顔になる瀬野さん。そのまま引き返そうとするのへ、あたしも着いて行く。鬱陶しがられたか、「親御さんが持ってらっしゃるのなら、この目で見ましたが」と答えてくれた。

「アメリカ人夫婦は? 外国の携帯電話って、日本でも使えるのかな」

「苫田さんから聞いたんですか。ヘイズ夫妻は日本が長いですし、使っている携帯電話は日本の物でしょう」

「中村さんは持ってないんですよね。恋人はどうなのかしら。自分だけ持ってて、相手が持ってなかったら、嫌なんじゃないかと思うけど」

「お二人とも、精密機械の動作テストを受け持つことがあるため、最初から持たない主義だと聞いたことがあります。それで特に不便はないようですよ」

 今度はすらすらと答えてくれた。系列会社の社員だからか、詳しいみたい。

 それにしても、思い切って質問を重ねた甲斐があったんじゃない? 携帯電話を持っていないカップルと、日本語のイントネーションが特徴的な外国人夫妻を容疑から除いたら、串木さん夫婦だけが残る。小学生の子は最初から考えに入れてない。だって、人影は大人のものだったし。

「携帯電話に向けるのと同じくらい、ここの施設や展示にも興味を向けてくださいよ」

 足を止めたあたしに瀬野さんはそう言って、仕事に戻ろうとする。

「あの、少し体調がすぐれなくて……。でも、部屋で休むと決めたら、退屈で。栄養剤みたいな物、ありませんか?」

 嘘でもいいから薬っぽい物をもらっておこう。モニター客なのに、こうしてさぼってるんだから、その理由付けをしておかなくちゃ。

「でしたら、常備薬の中にドリンク剤がありましたから、お持ちしましょう。ここでお待ちを」

「ありがとうございます。苦くなければいいんだけど」

 悪い気がして、瀬野さんの背中に頭を下げた。


 管理小屋からまっすぐ宿泊棟へ向かい、全面ガラス張りの扉を押して中に入ると、一旦振り返って外の様子を見た。みんな楽しくやっているかな。風が少し吹いてるものの、天気はよさそう。

 ドリンク剤の他、念のためにと解熱の薬も渡された。一緒に服用しても副作用はないけど、できれば時間を空けるようにとも言い添えてくれた。あと三回ぐらい、深々とお辞儀しなくちゃいけない気分。

 あたしは自分の部屋に戻り、とりあえず、ドリンク剤を空にする。苦くはなかったけれど、病院の空気を濃縮したみたいな匂いがきつかった。

 それから再び、事件を未然に防ぐために知恵を絞ってみたものの、大したアイディアは浮かばなかった。串木さん夫婦に一度会っておきたい、という気持ちが強かったせいもあると思う。

 しばらくすると、にぎやかな声が聞こえてきて、段々大きくなる。廊下を通ってこちらに近付いてくるな、と思ったら不意に静かになった。成美や司が戻ったんだと思ったのに、違ったかな?

 仕舞いかけた便せんを、また元の位置にしようとしたとき、ドアが控えめにノックされた。続いて、人の声が。

「飛鳥ぁー? 起きてる?」

 ボリュームを絞りすぎて分かりにくかったけど、成美の声だ。なあんだ、やっぱり、帰って来たんじゃない。

 あたしは椅子を蹴飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。が、はたと気付いて、ベッドの脇に座り直す。あ、もちろん便せんは改めて仕舞い込んだ。

「起きてるよ。どうしたの? 入って」

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