第17話 ホワイトアクセスマジック 17

「違いますよー、男も女も関係なし。年齢も関係ありません。ここでモニターとして一緒になったのって、何かの縁だと思うんです。折角だから仲よくなりたいっていうだけです」

「ま、そういうことならね」

 あとの台詞は飲み込んだみたいで、黙ったまま、椅子を軋ませる。以前は大企業の、かなり上の地位にいた人なのかもと想像させるに充分な貫禄だけれど、口ぶりの方は嫌味がかっていて、相当にマイナスだわ。

「他のモニター客について、大まかには瀬野さんからも聞いておるんだろ? なら、印象を話しても問題あるまい。子供という意味でなら串木くしきさんという一家が来とる……来ています」

 唐突に丁寧な物腰になった。瀬野さんからの注意を思い出したのかしら。でも、板に付いてなくて、居心地が悪そう。口元がむずむずしてる。

 と、そんなことを気にしてるときじゃない。

「あ、聞きました。小学生の子がいるとか」

「男の子だけどな」

 喋り方、もう戻ってる。

「眼鏡を掛けた、よく言えば賢そうな、悪く言えばこましゃくれた感じの坊主だったよ。運動が苦手、と言うよりも、外が嫌なんだろうな、あれは。面倒臭いからと言って、外の施設をとっとと見て回ってるようだ」

「ご両親はどんな?」

「旦那――旦那さんは平凡なサラリーマン風だった。やっぱり眼鏡をしていて、歳を食ったら髪に来そうな」

「あの、そういうことじゃなくて、どんなお仕事をされてるのかとか」

「今から、就職活動の種まきかね? それならこの俺にも、コネはあるがね」

「い、いえ、就職とかも関係なくって。あ、でも。苫田さんは前は、どんな仕事をされてたんですか?」

 いい具合に、相手からきっかけを作ってくれた。そう思って、質問してみたんだけれど。

「公務員の一種さ。それだけじゃない、転々としたからなあ。一言では説明できん」

 一瞬、勿体ぶっているように聞こえた。でも、当人の様子を観察してると、本当のことは話したくないように見える。ひょっとすると、仕事を次々に変えた、つまり辞めたというのが、他人から恨みを買うことに結び付くのかも?

 これこそ知りたい点だけど、ここで深追いしたら、変に思われるに違いない。慎重に進めなきゃ。

 苫田さんを恨んでいる人を、苫田さんが知っていると断定できれば、話は早いんだけれど、そう単純でもない。かといって、聞かないわけにもいかない。

「たくさんの仕事を転々とされたら、知り合いもたくさんいるんだろうなあ。あ、でも、今日泊まるモニター客の中に、苫田さんの知っている方はさすがにいませんよね」

「うむ、いない。いや、いると言えばいるな」

「えっ?――と、何が何だか、分からないんですけど」

 聞き返す声が上擦り、勢い込んでしまう。どうにか取り繕ったつもり。

「ここの支配人兼管理人に就くと決まってから、運営会社やスポンサー企業の役員に会った。その内の一人が中村なかむらと言って、うちの息子がモニターとして行くから、丁重に扱ってくれよと冗談交じりに頼まれた。系列会社の研究員らしいんだが、何故かその場に来ていてね、その息子さん。憎たらしいほどのハンサムだった。君のような女の子なら、いちころでやられるだろうから、注意することだ」

「ええ?」

「ふん、冗談さね。同僚の彼女連れで、カップルとして来るんだからな」

 真顔で冗談はやめてほしい。とにかく、管理人になることが決定したあとで知り合ったのなら、その中村某が犯人である可能性は低そう。あの通話内容から考えても、犯人は苫田さんを、今日ここに来て確認できたという雰囲気だったし。

「あー、でも、カップルって羨ましい。美人でした?」

「ちらっとしか見てないから、細面としか言えないな。尖った顎が印象に残った。研究者と言われりゃ、なるほどとうなずける」

「頭いいんだろうなぁ。宿題を教えてほしい。それで、もう一組は?」

「アメリカ人の夫妻だ。ヘンリー=ヘイズ氏とマリリン夫人。外人特有のイントネーションがあるものの、日本語は堪能のようだから、会話には不自由しない。英語を教えてもらうかね?」

「いいかも。日本語ができて、このモニターに参加してるってことは――英会話学校の先生かな? あ、でも、プロの人じゃ、無料にならないか」

「ふふん、いい勘をしているな。夫婦揃って、さっき言った中村拓也たくやが通った大学で英語講師をしていたそうだ。そのつながりで、モニターに招待されたと聞いている」

「日本に来て何年ぐらいなんでしょうね? どれくらいで日本語が上手になったのかしら……」

「そこまでは知らん。だが、日本の大学で教えてる英語の先生は皆、日本語がある程度話せるはずだ。そうでないと、授業にならん」

「じゃあ、やっぱり努力か……。あたしもアメリカで三年ぐらい暮らせば、英語がぺらぺらになると思ってたのに」

 日本に来て短いのなら、容疑から外れると思ったんだけど。でも、よく考えてみたら、苫田さんの仕事によっては海外勤務もあり得るわけだから、決め手にはならないよね。うーん、うまく行かない。

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