第16話 ホワイトアクセスマジック 16

 手を顔の横で振って見送る。そうしたら江山君、余計な反応を。

「うん。松井さんは部屋でお大事に」

 まあ、司の頭は、今、江山君と二人きりになれることでいっぱいみたいで、助かった。

 みんなを見送ってすぐ、部屋に閉じこもった。着替えようかどうしようか、汗はほとんどかかなかったし、リラックスできる格好の方がいいアイディアが浮かびそう。

 リラックスがいいとしても、寝転がると眠ってしまうかも。机に向かい、宿題をするときでもここまでしゃきんとしないってぐらい、背筋を伸ばして、椅子に収まる。備え付けのメモ用紙――便せんかも――を台ごと引き寄せると、ボールペンを構えた。思い付きを書き出し、考えをまとめよう。

 まず……あたしの魔法でできることを書いてみる。移動、攻撃、治療、雪の内、人殺しという凶行を未然に防ぐのに役立ちそうなのは、どれか。

 未然に防ぎたいのだから、攻撃は違う。犯人が行動を開始して、いよいよ危ないっていう場面に居合わせられたら、使う必要はあるけれど、防ぐ方には向いていない。あたしは“攻撃”の項目に、△を記した。

 治療も役に立ちそうにない。凶行の直後に、傷を負った苫田さん(もしくは、反撃を受けた犯人)を手当てするという使い道はあるけれども、防犯にはどう使えばいいのか、さっぱり。“治療”には×印。

 移動魔法は、これまでの二つに比べたら、使える気がする。たとえば、管理小屋の出入り口をじっと見張って、犯人らしき人物が近付いてきたら、その人をどこか遠くに移動させてしまうか、苫田さんの方を別の場所に移してしまえば、とりあえず防げる。相手と向き合わなければならない攻撃魔法と違って、移動魔法は使っても「あれ? 自分、寝ぼけてたのかな」で済む確率が高いから、あたしとしても秘密が守れる。

 ただ、すでに一度使ってしまったから、もし今夜中に事件が起きたら、あと一度しか使えない。慎重にならなくちゃ。それはともかく、“移動”は○。

 雪を降らせるのは……。一人でいるのに、思わず「うーん」と唸ってしまう。今の季節、外に降らせるのは、異常気象のせいにできるとしてもよ。屋根のあるところに雪を降らせるのは、秘密を守るにはちょっと危険な気がする。屋外限定じゃあ、何ができるかしら? 管理小屋のドアの前に、雪でブロックを作るわけにいかないし、それ以前にそんなに降らせたら、あたしの体温が上がり過ぎて、危険かも? 寝込む程度ならまだしも、命に関わるのはちょっと……。

 現時点じゃあ、“雪”は×に近いクエスチョンマークってところ。江山君なら、妙案を出してくれるかもしれない。

 他にないだろうか。早々と手詰まり感を覚えて、情けなくなっちゃう。こんな程度じゃ、魔法が使えると言ってもたかが知れている。

 魔法に頼らない手段でもかまわない。うまく行くなら、何だっていいんだ。

 苫田さんについて、たとえば過去に何をしていたかが分かったら、恨まれる理由が見えてくるかも。次に、モニター宿泊客全員を調べて、苫田さんの過去と交わる人がいれば、怪しい。その人を見張っていれば、凶行を防げる――机上の空論、という言葉が頭に浮かんだ。警察でもないあたし達に、苫田さんや他の人の経歴を調べられるのか。尋ねたって、教えてくれないだろう。自力で調べようにも、ここにはインターネットは無論のこと、図書館もなければ、新聞資料だってない。何よりも、時間がないのよ。

 それに、仮に怪しい人物を特定できたとしても、問題解決になるのかしらと思えてきた。未然に防ぐのを最優先にしているのだから、当然、現行犯逮捕をするわけじゃあないのよね。今日明日の、この場での犯行を防ぐのが精一杯で、違う日に再度決行されたら、防ぎようがない気がする。

 怪しい人を特定できた方ができないよりずっといいのは、もちろんだけど。

 そこまで考えて、ふっと思い出した。犯人は電話で、「確認した」とか言ってなかった? あれって恐らく、苫田さんの姿を間近で見て確かめたっていう意味なんじゃないかしら。

 これが当たっているとしたら、特定につながるかもしれない。

 あたしは立ち上がると、少し迷ってから決断した。


「他のお客さんと会ったか、だって?」

「はい」

 とびきりの笑顔を作り、無邪気さを前面に出して、あたしはうなずいた。

 話す相手は、苫田さん。場所は、そう、管理小屋だ。瀬野さんはすでにおらず、小屋の中には、あたしと苫田さんの二人だけ。

「そりゃあ会ったが、どうしてまた、そんなことを知りたいんだね」

 苫田さんは、初対面のときよりは優しい調子で尋ね返してきた。

「あたし、ちょっと体調を崩しちゃって、友達と一緒に回るのをパスしたんです。大人しく部屋で待ってるつもりが、退屈に感じてきて。それで、他にもお客さんがいるってことを思い出して、感じのいい人がいるのなら、仲よくなっておきたいなって」

「ふうむ。それは、男限定かい?」

 うわ。口調は優しくてもセクハラっぽい。そういう目で見られるのは、非常に心外です。

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