第13話 ホワイトアクセスマジック 13
木の葉が一枚、浮いたまま流れてきたので、それを目印に、試しに歩いてみた。時折、くるっと回る葉っぱを見つめながら、歩行者専用らしい舗装路を行く。うん、やっぱり、歩きの勝ち。
結果が出たので立ち止まると、ふと、人の声が聞こえた。それも、物凄く近くからの声。
<ああ、間違いないよ。あいつって確認した>
男の低い声のような、しわがれた女性の声のような。どっちにしろ、秘密めかした調子がびりびりと伝わる。あたしは思わず、口をつぐんで静かにした。辺りを見回したにも拘わらず、人の姿はゼロ。
そうする内にも、声は続く。
<こんなところで管理人をやってるとは、落ちぶれた……いや、給料はよさそうだから、腹立たしい>
管理人……苫田さんを話題にしている? あたしはもう一度、周囲に視線を走らせた。さっきよりも範囲を広げ、まさかと思いつつ、対岸まで見やる。
すると、一人、いた。
川を挟んで、ちょうどあたしと対象の位置に、灰色っぽい服を着た人影があった。その灰色よりもさらに濃いグレーの大きな看板?を前に、こっちには背中を向けているみたい。太陽の角度が悪いのと、距離があるのとで、人相はおろか、性別も判断できない。けど、携帯電話で通話中らしいことは、そのポーズから多分、間違いない。
どうしてその声が、あたしに、こんなにもはっきり聞こえるの? 新しい魔法が勝手に身についたのかしら?
<そう。条件がぴったり合う>
低い声に、若干、嬉しがる響きが含まれた。それはしかし、すぐ元通りに。
<分かってる。急な話になるけれども、千載一遇のチャンス。これを逃したら、もう復讐は無理かもしれない>
復讐?
<あなたが反対しようとも、今夜、決行するつもりでいる。だからあなたは、一応、アリバイだけは作っておいて>
アリバイって、テレビの推理ドラマなんかで聞くけど。復讐にアリバイと来たら……。
<ああ、自分のアリバイは当然、作れない。でも、疑われっこない。あいつの死は、自殺として片付けられるのだから>
う、わ……やっぱり。殺人の相談ないしは、決行宣言なんだ、この台詞!
あたしはしゃがみ込んだ。見つかったら危ない、という意識が働いた。こっちに振り返られたら、緑色のジャージを着ているといったって、どれほどカムフラージュになるのか、心許ない。できることなら、雑木林の中に戻りたいけど、それだと音を立ててしまう。
<じかん まよ かの じ ら>
突然、聞き取りにくくなった。声の主は恐らく、殺人を決行する時間を相手に伝えたんだわ。その間のアリバイを作れって。
程なく、声は全く聞こえなくなった。こそっと視線を起こし、対岸を見てみると、人影は携帯電話をズボンの尻ポケットに仕舞う動作をしていた。それが終わると、岸をあたしから見て右側、つまり下流方向へと去って行く。
あとから考えたら、それは急ぎ足だったのに、そのときのあたしには、随分とゆっくりに思えた。その人影が視界から消えるまで、とても長かった。
気配すら感じなくなってから、あたしはやっと腰を上げ、それでも恐る恐る、下流の方を振り返った。誰もいない。
安堵すると同時に、右手を壁についた。
壁? こんなところに壁があったかしらと、右を向く。
グレーの壁があった。
どうやら、対岸にある看板(最初、そう見えた)と同じ物らしい。縦に五メートル、横に十メートルはある。足下から頭のずっと先まであり、雑木林は見えない。完全な平面ではなく、ところどころ、折り目があって、何だか屏風みたいだ。絵は描かれていないけれど、横方向に長い筋が何本も掘られている。その筋も、それぞれ微妙に角度が違っていた。
こんな物があったのに気付かないなんて、さっきの自分は、突然の声とその内容に、よっぽど驚いてしまってたんだ……。
ようやく落ち着いてきた。ほっと息をつき、足下に視線を落とす。すると、何かの印だろうか、星のマークがあった。とんがりが五つある星じゃなく、四つの星。あ、トランプのダイヤって言えばいいんだわ。コンクリートを削って象り、表面を改めて平らに加工してあるから、躓くこともなければ、水がたまることもない。
ていうことは、これ、施設の一つなんだ? 多分、この壁みたいなのとセットなんだろうけど、どういう使い方をするのか……。
いけない。思い悩んでいるときじゃなかった。さっき聞いてしまった恐ろしい内容を、誰かに知らせなくてはいけない。
――誰に?
あの人影は、この施設に今いる誰かであるに違いない。じゃあ、あたしが信用して相談した相手こそが、当人だったなんて最悪なケースもあり得る。確実に違うと言い切れるのは、あたし自身と友達四人、それから復讐のターゲットとされてる苫田さん自身。瀬野さんはどうなんだろう? ここで苫田さんが支配人兼管理人をするっていう事実を、だいぶ前から知ってたのなら、さっきの会話はおかしいわよね。
ここは慎重に、石橋を叩くに越したことはない。
苫田さん本人にいきなり聞いても、色々と裏の事情があって、難しそうだから、友達に話してみるしかない。でも、中学生に何ができる?って気もする。
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