第12話 ホワイトアクセスマジック 12

「上が心配していたのは二つだけ」

「ああ、分かってる。表情と言葉遣いだろう」

 聞き飽きたっていう風に、片手を前後に振った苫田さん。仕事の位は瀬野さんよりも下みたいだけど、喋り方が偉そうなのは、やっぱり年上だから?

「なるべくなら、お客さんと接する機会はない方が、気楽だね。こうしてモニターを見てるだけで済むなら」

「そんなこと言わずに。そうだ、この子で練習してみてくださいよ」

 え?

「迷子になって、連れて来られたとして、一から聞き出すんです」

「あのー、瀬野さん。いくら何でも、自分から名前を言えない中学生はいないと思います……」

 黙ってたら、変な方向に話が行きそう。急いで口を挟んだ。

「それもそうですねえ。失礼をしました。では、管理人の苫田さんに、施設に関する質問をしてくれませんか。何でもかまいません」

「え、えっと。じゃあ――テニスコートの予約って、できるんですか」

 苫田さんの方をちらっと見、探り探り、言ってみた。苫田さんは苫田さんで、テストされていると分かっているせいかしら、たどたどしい調子で返してきた。

「そ、そんなもの、空いていれば、いつでも使える」

「苫田さん」

 瀬野さんがだめ出しとともに、ため息をついた。

「丁寧な言葉遣い、笑顔。それよりも何よりも、お客様の質問に対する答になっていないじゃありませんか」

「どんな状況なのか、決めてもらわんとなあ。泊まり客に当日聞かれたら、さっきみたいに答えるしか」

「それを含めて、お客様に確認するぐらいの手間は、惜しまないでください」

 たしなめる瀬野さんに、苫田さんは苦虫を噛み潰したような顔をしたけれども、少なくとも口では、「本番ではそうするよ。覚えた」と素直に?返事した。

「それよりか、朝夜関係なしに、こんな風に客が訪ねてくるのかねえ? ここで寝泊まりする身にもなってもらいたいものだ」

「それは管理人ですから、何か起きれば対応しなければいけませんよ。早朝や真夜中ということもあるでしょう」

「やれやれ。酒も満足に飲めそうにない」

 うーん。さっきの返事、本心じゃなかったのかも。


 話し込んだおかげで、時間を取っちゃった! 管理小屋から宿泊棟まではすぐだけど、そこからテニスコートまでが結構ある。大変だ、急がなくちゃ。部屋に戻って、着替えて――。時刻に気付いて焦りがあたしの顔にありありと出たのか、瀬野さんがわけ聞いてきた。状況を伝えると、それならここを通ると近道になるはずと、ルートを教えてくれた。

 簡単な地図を書きましょうとまで言ってくれたのだけれど、時間がもったいない。覚えましたから大丈夫と言って、あたしは管理小屋を飛び出した。

 ……迷った。

 あたしは、雑木林の中で佇み、きょろきょろしていた。

 学校指定の深緑色をしたジャージ姿でうろうろ、あるいは、ぽつーんとしてるのは、もし知っている人に見られたら相当恥ずかしいだろう。念のためポケットに入れた小型の杖も、ころころして妙に気になるし。まあ、幸か不幸か、今は知っている人はもちろん、知らない人にも見られていない。

 だいたいの地図は頭に入ってるつもりだったのに、実際には迷子になってしまった。もしかすると、宿泊棟の出入り口がいくつかあって、勘違いしたのかもしれない。

 と言っても、焦ってはいるけれども、悲観的には全然なっていない。移動魔法を使えば、すぐにでも自分の部屋に戻れるのだから。

 いっそ、テニスコートに直接行けばいい? それは無理。テニスコートがどこにあって、その情景をしっかりとイメージできなければ、移動魔法の対象にはならないの。

 仮にイメージできたとしたって、今はみんながテニスを楽しんでいるに違いない。その空間へ、いきなり、ぱっと出現しちゃ、魔法のことがばれてしまう。江山君以外には、まだ誰にも知らせていない秘密。騒ぎにならないようにするためには、これからも隠し続けることになりそう……。

 さて、それならさっさと自分の部屋に移ればいいようなものだけれど、一日に二度しか使えない移動魔法を、こんなことで浪費するのは惜しい。林ったって、ジャングルじゃあるまいし、木々の間から向こうの景色がちらっと見える。工事中の場所は危ないと思って、それっぽい看板が見えたのとは反対の方向に進んでるところ。抜け出れば、大雑把な位置が分かるはず。

 歩く内に、きらきらしたものが視界に捉えられた。あれは……水? 太陽の光を反射して、池か何かの水面が輝いているんだ、きっと。施設一帯の中で、当てはまりそうな場所を思い浮かべようと努力する。

 具体的にはちっとも思い浮かばないまま、林を抜けた。

「わあ」

 川があった。きらめく水面は、川だった。

 正確には運河って言うの? 明らかに人工的に作った物だけど、すでに割と整備されてて、意外といい眺め。完成したら、散歩するだけで楽しいかも(カップルでね)。

 対岸まで二十メートルくらい、ううん、もっとあるかも。オープン前で新しいせいか、水は透明で、底がほぼ見通せる。でも、深さは結構ありそう。流れの速さは大したことない。多分、歩く方が早いわね。

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