第9話 ホワイトアクセスマジック 9

「何で!」

 土曜早朝、彼の顔を見た途端、司は短く叫び、次にくるっと後ろを向いてしまった。かわいいというか、予想通りの反応というか。

 東野君とともに、集合場所の駅前に現れたのは、江山君その人だった。

 司には内緒にしていたけれど、これは、約一週間前に東野君が言い出したことがきっかけ。女子三人に対して男子一人、普段の東野君にしてみたら、両手に花でもまだ一つ余るハーレム?状態なのだろうけど、今回は成美がいて、その上、弱みを握られているとあって、立場が悪すぎると自覚したらしい。建前では、男一人では寂しいからとか言って、江山君を誘ったのだ。この人選は、東野君の目的達成に最も適してるかも。

 それに対して司はこそこそ声で、「どうして言ってくれなかったの」等と動揺しつつ、嬉しそうにしつつ、しかもあたしと成美に抗議と忙しい。普段も学校の内外で会っているんだから、ここまで焦らなくていいのにね。ずっとこの調子でいられても困るし、「あらかじめ伝えてたら気合い入りすぎて、遊ぶのにふさわしくないお洒落や化粧をしてきかねないでしょ」とか、「眠れなくて、瞼を腫れぼったくさせてよかったの?」とか言って、とにかく納得させた。

 一騒動が収まったところで、移動開始。電車で一時間近く掛けて、より大きな駅まで出ると、そこからは会社の用意したマイクロバスで直行だ。

「おはようございます。本日はご覧のように、晴天に恵まれました。梅雨のシーズンなのに行楽日和になったのは、皆さんの日頃の行いがよいからでしょう。私、『アキュア自然と科学体験館』、通称アキュア館での案内を務めさせていただきます、瀬野俊樹せのとしきと申します。二日間、よろしくお願いします」

 駅出口で出迎えてくれた男性は、立て板に水を体現したかのような調子で挨拶をしてきた。二枚目で背はちょっと高め、スーツをきちんと着こなしているのに、どことなくおかしい。イメージは、若手のお笑い芸人に近いかな。

 瀬野さんはあたし達の顔と名前を一致させると、車に乗り込むように促した。バスは、補助席を入れても十人で満員となるサイズだが、お客を運ぶための物だからかしら、割とゆったりとスペースを取っている。シートも座り心地、悪くなさそう。

 ハンドルを握るのも瀬野さんらしく、運転席に収まった。

「忘れ物はないですね? では、そろそろ安全運転で出発しましょう」

 中学生を引率する先生みたいだ。と思った矢先、運転席のすぐ後ろに座る江山君が、片手を小さく挙げつつ質問した。

「他にモニターの方は、いないんですか?」

「いますよ。ただ、皆さん大人の方ですからね。ご自身の車で直接向かわれたり、特急で最寄りの駅まで行かれたりしています。このバスで向かうのは、皆さんだけですよ」

「バスの方が、交通費がかからなくていいのに」

 これは成美。本人は独り言のつもりだったみたいだけど、瀬野さんはしっかり聞いていた。

「帰りの便利・不便がありますからね。寄り道も自由ですし。ちなみに、このマイクロバスを利用しようが利用しまいが、モニターの謝礼に差はありません」

 言って、最後に目配せした瀬野さん。すでに車は走り出しているから、ルームミラーでちらっと見えただけなんだけど、感じのいい人みたいで安心できる。

「他のモニターの方々も、僕らと同じ日に一泊するんですよね? どういう人達なのか、分かります?」

 再び江山君。やけに根掘り葉掘りだわ。

「確か、家族連れが一組、カップルが一組、外国人夫妻が一組、でしたね。ご職業などは覚えていませんが。ああ、家族連れのお子さんは、皆さんより下、小学生です。機会があれば、仲良くしてあげてください」

「その、身元とかは……」

「うん? 心配いりませんよ。何らかの形で、会社とつながりのある方ばかりです。身元はしっかりしています」

「それなら。分かりました」

 そんなことまで気に掛けてたんだ、江山君。しっかりしてるというか、心配性というか。でも、だからこそあたしも、『Reversal』のことで頼りにしてるんだと思う。

「オープン前と聞いたけれど、どのぐらい完成してるんだろ」

 東野君が親しげな調子で聞いた。瀬野さんは、口元をかすかに緩めて答える。

「宿泊施設は完成しています。展示や遊興施設については一部、工事が遅れていたり、調節が必要だったりで……でも、そうですねえ、九割以上はできあがっていると言っていいと思いますよ」

「パンフレットには、テニスコートがあるって」

 テニスの得意な東野君は、マイラケット持参で来ている。

「使えますよ。元来、避暑地ですからね。テニスコートは真っ先に整備したとか。六面ありますので、今回のモニターにおいては、予約なしに自由に使える手筈になっていますよ」

「ありがたい。充分充分」

 安心した様子の東野君が、乗り出していた身を背もたれに戻す。すると次は、再び江山君。だめで元々とばかりの口調で言った。

「工事中の区域は、立入禁止ですよね」


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