第8話 ホワイトアクセスマジック 8

「あ、そうね。うーん」

 予想外の成り行きだわ、どうしよう。最初に考えた通り、成美に交代してもらって話を伝えてから、改めて東野君を誘うべきか。それとも、臨機応変にここで思い切って、東野君を先に誘ってみるのが吉と出るか。

 迷っていると、電話の向こうがにぎやかになった。

「あ、勝手に出るなー!」

「そんなこと言うが、無視して放っておけと?」

 東野君が手を受話器の口の方に被せたのだろう、聞こえにくくなる。ただし、押さえ方が甘いのかしら、聞き取れないほどじゃない。

「長々と話し込むなってこと。相手の名前を聞いて、掛け直しますって言えばいいじゃない」

「それなら切ろうかな。――松井さん、あとでこっちから掛け直すそうだから」

 あたしが返事するよりもずっと早く、それこそ間髪入れずっていうタイミングで、「待て!」と一喝が入り、次の瞬間、受話器が持ち替えられる気配が伝わってきた。

「――飛鳥? 電話、代わったよ」

「うん。取り込み中みたいだけど。本当に掛け直そうか?」

「いやいやいやいや。全然、取り込んでない」

 否定が必死すぎて、笑いそうになっちゃう。機嫌を損ねられても困るから、我慢して、話を切り出す。最初は興味なさそうだったけれど、泊まりになることを伝えると、「いいね、それ」と好感触。

「親は大丈夫?」

「うちはやることやってたら、うるさく言わない。ま、子供だけは無理だろうけどね。大人の人、いるんでしょ」

 よかった、第一段階クリア。と、安心したのも束の間、またバックの声が。

「俺も着いて行っていい?」

 東野君だ。成美の言葉だけで、どんな話をしているのか、見当が付いたのかしら?

 それにしても、これはまずいわ。東野君の方からそんな積極的に言い出されると、成美が頑固になる危険が大きい。下手したら、さっきの好感触を翻してしまうかも。とりあえず、条件を先に言ってしまおう。そこから畳み掛ければ、あっさり、東野君で決定!ってことになる可能性だってある。それに賭けるしかない。

「あ、あのね、それで女の子だけじゃなく――」

「ねえ、飛鳥。今の声、聞こえた?」

 うん? 少し様子がおかしい。声がくぐもったのは、口元を受話器後と手で覆ったせいだろうけど、何故だか口調に、やれやれといった響きが感じられる。

「聞こえてたけれど……」

「東野を連れてくっていうの、どう思う?」

「ええ?」

 どうなってるの? わけ、分かりませーん。

 言葉が出ないでいたら、成美の「やっぱ、無理か」という台詞が、ため息混じりに聞こえてきた。慌てて、受話器を両手で掴む。

「そんなことないよ。実は、グループに一人は男子が入っていないといけないのが条件だから」

「あ、何だ。他の男子は誰がいるのよ?」

「それがまだ、誰も。だから、東野君が加わってくれたら、凄く助かる」

「あらま。じゃあ、さっきの『ええ?』は何だったのよ」

「成美の方から言い出すなんて、意外な気がして」

 すると、不気味な忍び笑いが受話器から……。

「そのこと、東野には内緒よ。荷物運びにこき使ってやろう」

 一段と低い声で、成美は悪そうなことを言う。

「え、でも、そんなんだったら、東野君が一緒に来るはずないんじゃあ……?」

「あたし、奴の弱みをついこの間、握ったところだから」

 ひそひそ声で教えてくれた。何でも、東野君は、取り巻き(成美の表現そのままよ)の女子の一人から、その子お手製の“お気に入りの曲選集”のテープを贈られたんだって。問題は、不注意から最初の曲をだめにしてしまったこと。間違って上から録音しちゃったのか、テープに傷を付けちゃったのかは分からないけど、とにかくだめにした。万が一、女の子にばれたらまずい。全く同じになるよう、ダビングし直そうと考えた。

「そこまではいいのよ。で、最初の曲をだめにしたってことは、その一曲だけをダビングしても、残り全部にも影響が出るから、結局、全体をダビングし直さなくちゃならない。でも奴は普段、デートにお金をつぎ込んじゃってるから、CDを買うのはおろか、レンタル店で借りるのすら無理。そこであたしのCDに目を着け、借りに来た」

 あまりにも大量かつ唐突に借りに来たものだから、成美は怪しみ、東野君を問い詰め、白状させたっていういきさつがあったとか。ご愁傷様。そうして今日、CDを返しに来たところへ、ちょうどあたしが電話をしたのね。

「事情はどうあれ、東野君が参加できるなら、大助かりよ」

 それ以上に、成美が自分から賛成してくれたことに、ほっとしてるけど。

 こうして、思ったよりも簡単に条件をクリアでき、肩の荷が下りた感じ。あとは当日の天気と、宿題が少ないようにとお願いするだけ――のはずだった。

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