第6話 ホワイトアクセスマジック 6

「パンフレットの見本さ。Kって知ってるだろ、避暑地の。そこに建設されたテーマパーク『アキュア自然と科学体験館』」

「あきゅあ?」

 あたしの手に渡ったパンフレットの表紙を、兄さんの指がなぞる。Acureというアルファベットの並びがあった。

「造語で、元ネタは忘れたが、確か、心の癒しと水の惑星を掛けているんだとか、言ってたっけ」

「言ってたっけって……もしかして、これ、おじいちゃんの関係?」

「もちろん。じゃなきゃ、正式オープン前のモニター宿泊なんて、俺達に回ってくるはずもない」

 金之助きんのすけおじいちゃんは若いとき、繊維とか染料の貿易、あるいはその時々の流行り物の輸入なんかで一財産を作った人だけど、ある程度大きくなったところで会社をさっさと売却しちゃった。次に、貿易の過程で得た人脈を使い、イベント企画会社の参謀的役割として、外国の有名タレントやスポーツ選手の来日に尽力したんだって。この仕事は大儲けしたり大損害を被ったりと、浮き沈みが激しかったらしくて、体調を崩して辞めてる。

 ああ、今、どちらかの仕事をやっててくれたら、嬉しかったのに。だって、その貿易会社、現在は凄く大きくなった(合併とかもあったみたいだけど)し、イベント企画会社とつながりがあったら、有名人のサインをもらい放題じゃない。

 おじいちゃんのことに話を戻すと、今現在は、デザインの仕事をやってるの。養生の際、暇に任せて絵を描き始めたのがきっかけで、すっかり芸術家気取りだ。芸術家だから、たまにしか仕事しない。最近は、建物の外観のデザインを頼まれることが増えてるらしくて、このアキュアというのも、きっとそう。建築の知識はほとんどないはずだけれど、問題ないのかな。

「兄さんにご指名があったってことは、高校生のモニターが欲しいんじゃないのかな?」

「いや、高校生か中学生ならいいんだってさ。でまあ、高校生の俺に、先に話が来たのは、当然だよな。中学生だけで一泊旅行なんて、さすがのおじいちゃんも少しはためらいがあったんだな」

 怪しい。本当かしら。黙ってこっそり、自分だけおいしい目を見ようとしていた気がする。

「……それで、兄さんが行かないのは、どうして?」

「予定が入った。デートだ。それも本命との」

 照れる風もなく、開けっぴろげに言う兄さん。得意満面とはこのことね。だらしなくならないだけ、ましだと誉めてあげる。

「本命というと、流山和帆ながれやまかずほさん?」

「よく覚えてるな」

 別に、本命の名前を覚えておこうと思うほど、兄さんの恋愛に興味津々てわけじゃないのよ。ただ単に、去年初めて聞いたとき、この人の名字の読みが、「ながれやま」でなく「るやま」で珍しいなって。他は顔も知らない。

「成功を祈ってる。二人きりなら、あと一押し」

「いや、それがまだ、グループデートみたいなもんだからな。簡単には……」

 なーんだ。

「グループで思い出した。飛鳥、モニター宿泊は最低三人、最高六人までだからな。それと女ばっかりとか、男ばっかりとかはだめだそうだ。男女混成チームが必須条件」

「ええーっ! それ、結構厳しいよー」

 人数はともかく、男の人を一人は入れなくちゃならないなんて。中学生にどうしろって言うの?

「あ、歩でもいいのかな?」

 弟の名前を口にする。

「小学生はだめだろ。さっき言ったように、中学生か高校生だ。付き添いというか添乗員的な人は、会社から派遣されて来るんで、保護者がいないとかは気にしなくていいらしい」

 今のあたしに、身内以外で、男子高校生の知り合いなんているわけない。となると……。

「この間の春休みから、しょっちゅう遊びに行ってる家って、男子じゃなかったのか」

「そ、それはそうなんだけど」

 心に浮かぶと同時に、兄さんに言われたものだから、どきっとしちゃったじゃない。自分の顔色が気になる。一時的にでも話をそらそうと、あたしは薬箱を持ち上げた。

「これ、戻して。背伸びするの、大変で……」

 兄さんは無言で受け取り、薬箱を元あった棚の一番上に戻してくれた。バスケ部じゃないとしても、余裕たっぷりだ。

「で、行けるのか、行けないのか?」

「えっと、この場で返事しなくちゃだめなのかな。友達に聞いてみないと、都合が分からない。施設が面白いかどうかも、パンフレットで見てみたいし」

「今すぐじゃなくてもいいさ。でも、面白そうじゃなくても、行っとけよ。こういうのは、一度断ると次のチャンスがなかなか来なくなるものなんだぜ」

「うん。いざとなったら、友達の一人に、男の子の格好をさせる」

 適当に思い付きを言うと、これが桂真兄さんには受けた。

「そりゃいいや。だが、おまえには無理だぞ。たとえ付け髭したって、男に見えない」

 誉め言葉なのかしら。

 とにもかくにも、まず、女性陣の確保から。司と成美は外せない。仮に都合が悪いとしたって、誘わなかったら恨まれる。

「行く行く! 面白そう」

 その日の内に電話をし、話を持ち掛けると、司は即答してきた。施設の細かい説明をしなくて済むのは助かるけれど、親の許可は?

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