第5話 ホワイトアクセスマジック 5

 そうこうする内に、江山君はゲームをスタートさせ、アスカのHPを見てくれた。

「今日、始めたとき、いくつだったか覚えてる?」

 質問されたあたしは起き上がり、机のすぐそばまでやって来た。

「えーっとね。確か、168」

 現時点のアスカのHPは、最高が200までで、平常値は150前後といったところのはず。

「したことは、魔法を探して歩き回っただけ?」

「ええ。もちろん、ちゃんと食事を摂らせ、休憩もしてるわ」

「じゃあ、減りすぎだろうな、これは」

 江山君の隣に立ち、画面を見た。

「――99?」

 三桁だと思っていたのが二桁だったので、目をこすった。しかし、見間違いなんかじゃなく、本当に99。

「100を切ったら、なるべく早く、休息を取らないといけない設定になってるのよ。そのままで動き回ったら、警告メッセージが出るから分かったんだけれど」

「それじゃ、とりあえず、どこかの宿に入ればいい?」

 あたしがうなずくと、江山君は手早くやってくれた。このゲーム、お金の概念は(今のところ)あってないようなものだから、どんな宿でも問題なしに泊まれるはず。

「これでひとまず、安心できたってことになるのかな。一晩で回復できればいいんだけれど。――というか、松井さん!」

「え? 何?」

 いきなりの大声に、あたしの目はまん丸になっただろう。

「身体の具合は? 悪いなら悪いと、隠さずに言うんだ。引きずってでも、病院に連れて行く」

「ああ、だいぶよくなったよー」

 安心させたい気持ちもあって、おどけた調子で答えた。

「本当に? 騒ぎになるとかいう理由で遠慮しちゃだめだぞ」

「ほんとほんと。さっきの雪が効いたみたい」

 そのビニール袋を持ったまま、両腕で力こぶを作るポーズ。もちろん、実際には、こぶなんてできなかったけれども。

 そうしていると、江山君の手のひらが再度、あたしの額に触れた。

「……確かに、さっきよりは下がってる」

 難しい顔をして言う。

「でも、油断禁物だと思う。どうやら、推測が当たっていたみたいなんだからね。君の発熱は、ホワイトロールが引き金になったに違いない」

「ゲームのアスカも同じなんだものね」

「恐らく、温度をコントロールする魔法だから、魔法使いの体温にも影響が出る、という設定なんだろうな。いや、もしかすると、他の魔法も、何らかの悪い影響を身体に与えているのかもしれない」

 他の魔法――あたしが現在使えるのは、ホワイトロールの他には、攻撃魔法のリパルシャン、治療魔法のハーモニー、移動魔法のエブリフェアの三つだ。どんな悪影響があるんだろう? これまで使っていて、具体的に体調がおかしくなった経験は一度もない。風邪を引いたことはあったけれど、あれは魔法とは無関係だったはず。

「注意するに越したことはないよ。疲れやすくなったとか、走るのが遅くなったとか、味覚が変になったとか、あるいは……」

 江山君の視線が、あたしをまっすぐ捉え、軽く上下した。

 と思ったら、ふいっと横を向いてしまった。

「……ま、いいか。とにかく、気を付けておいた方がいい」

「最後、何を言おうとしたのか、気になるんだけど」

「大したことじゃない。君は、自分の身体全般について、些細な変化でも見落とさないよう、注意深くしていればいいんだ。それと、ホワイトロールを無闇に使うのも禁止」

「……分かった」

 江山君の耳が赤いのに気付いたあたしは、素直に引き下がった。多分、江山君が最後に言おうとしたのは、生理のことだ……。

「さあ! 熱のこともあるし、今日はこれぐらいにしてさ」

 彼が次に出した声が、殊更明るくて、おかしかった。


 帰宅してお母さんに顔だけ見せてから、室内着にすぐ着替えた。鏡で顔色を見、大丈夫と思った……けれど、もう一回だけ体温を測っておこうかな。お母さんに言うと余計な心配をさせることになるから、さっさと居間に向かう。そこの棚の一番上に、薬箱があるのだ。

 背伸びして、薬箱を傾けてからやっと下ろすと、ちょうどそこへ、誰かが来た。足音がどたばたとやかましかったので、誰か来たのには気付いていたけれども、それが桂真兄さんだったから、ちょっとびっくり。好きなバスケットボールをやってるとき以外、常に忍び足でいるんじゃないかってぐらい、静かに歩くのに。

 そもそも、休みの日の午後、家にいること自体が珍しい。高校二年生ともなると、遊ぶのを控え、受験勉強モードのギアがローに入った?

「飛鳥。帰って――うん? どうした、体調悪いのか」

「ううん」

 あたしは元気よく頭を左右に振った。

「何でもない。それより、あたしに用事があったんじゃあ?」

「そうそう。飛鳥、次の次の土日、暇か?」

「次の次……多分。暇っていうか、予定がまだ何も」

 念のため、手帳を取り出し、ページを繰って確かめる。うん、空欄だ。

「じゃあ、これ、俺の代わりに行く気あるか?」

 あたしの顔と手帳との間に、兄さんの手が割って入って来た。冊子みたいな物を持ってる。ちゃんと製本されていて、青空と木々の緑の表紙写真は、ラミネート加工してある。ただ、字が細かい! ぱっと見ただけじゃ、読めない。

「何これ」

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