第4話 ホワイトアクセスマジック 4

 ……神経質になりすぎたのか、強く念じる内に、こめかみが痛くなってきちゃった。頭を振ってから、改めてイメージを強く持つ。それから呪文を唱えた。

「ラスレバー・ホワイトロール」

 再び、雪が降り始める。洗面器というのが、あまりロマンティックじゃないけれど、それでも充分にきれい。カーテンの隙間から射す太陽の光を浴び、きらきらと輝いている。

「日に何度でも使えそうだね」

 机に片手をつき、洗面器の中に手をやる江山君。その表情が、少し変化した。眉を顰めてる。

「何?」

「気のせいかもしれないけれど、パウダースノーっぽくなくなったような。ぼたん雪とパウダースノーの中間……うん、明らかに湿っぽいし、粒も大きいよ」

「ほんと? 何でかな。一回目と同じことをしたつもりなのに」

 駆け寄って、自分の目と手で確かめる。江山君の言葉に嘘はなかった。

「雪質が不安定なのが、レベル1ということなのか、元々、雪質は一定じゃないのか……」

「もういっぺん、やってみようか」

「うん。でもなあ。他にも試したいことがあるんだ。密閉空間の外にいながら、中に降らせることができるのかって」

「密閉……?」

 すぐには理解できなくて、首を傾げる。頭の良し悪しがばれそうな話を、あまりしないでほしいわ。その上、今は頭がぼうっとしてるし。

「つまりね、今までの二回は、この部屋が密閉空間。君はその密閉空間の中にいて、密閉空間内に雪を降らせた。自然の空の下じゃなくても、雪を降らすことができると分かったわけだ。それなら今度は、君が密閉空間の外にいて、中に雪を降らせられるかどうか、確かめたくなるじゃない? 具体的には、まあ、洗面器に覆いをし、その中に雪を降らせてみようっていう――松井さん?」

 名前を呼ぶ声が聞こえたとき、あたしはその場にへたり込んでいた。さっきまで顔が火照り、頭がぼっとしていたのに、急に寒気を感じた。それで、貧血を起こしたみたいになったんだと思う。自分でもよく分からない。

「どうした? 大丈夫?」

「大丈夫」

 即答したものの、どこか変だ。寒気は去ったけれど、勝手に身体が震える。こらえようにもどうしようもなくって、歯がかたかた鳴ってしまう。

「あ、あれ。おかしいな? 止まらないよ」

 心配させまいという気持ちもあって、微笑んでみた。そこへ、江山君の手のひらが近付いてくる。あたしの額に置かれた。

「とりあえず、横になって。熱がある」

 険しい顔つきに険しい口調で、江山君が言った。初めて見た気がする。

「嘘? だって、こんなに震えてるのに」

「体温が上がりすぎると、かえって寒く感じることがある。周りが普通の気温でも、相対的に低いと感じて身体が反応するんだろう」

 何か言ってるけれど、理解できない。どこからいつの間に持ってきたのか、体温計が目の前にあった。

「ほら、計って」

 激しく振ったあと、体温計を鼻先に差し出す。手渡そうとしているらしい。でも、身体を動かすのがだるくって。

「しんどくて、無理。やって」

「ば、ばか。これは旧式だから、脇に挟まないといけないんだよ」

「ああ、そうかぁ」

 体温計を受け取り、左の脇の下に何とか挟む。面を起こすと、江山君はこちらに背を向けていた。

「で、具合は? 収まりそうにないんなら、母さん呼んでくる。それとも、救急車?」

「そこまでしなくても。大騒ぎになっちゃう」

 そういった出来事が司の耳に入ったら、恨まれるかもしれないし。

「でも、さっき触ったおでこ、相当だったぞ」

「うん……」

 体温計を取り出す。読み取ってみて、びっくりした。

「ほとんど振り切ってる。四十二度」

「まじ? 病院に行った方が、いや、行くべきだ」

 こっちを向いた江山君の顔ったら、なかった。遅刻しそうなときに地震が起きたかってぐらい、慌てている。

「大げさだってば。そうだ、さっきの雪を頭のところに置いてみて」

「そんなことで……」

 ぶつぶつこぼしつつも、雪の入ったビニール袋を引っ掴み、あたしの額に載せてくれた。ひんやりとして、心地よい。震えは知らない間に止まっていた。

「あたし、思ったんだけど、この熱って、ホワイトロールのせいじゃない?」

 だいぶ意識がはっきりしてきた。上体だけ起こしながら、思い付いたことを伝える。

「実際にホワイトロールを使った直後から、顔が火照った感じになったの。二度目のときは、よりひどくなった」

「……もしそうなら、ゲームのアスカにも悪影響が出ているはず」

 江山君はつぶやき、立ち上がると、机の上のパソコンを再び起動した。一世代前の機種だからとかで、しばらく時間が掛かる。

「でも、アスカに悪影響が出ていなければ、君は病院に行くんだぞ」

「う、うん」

 下の名前を口にされると、くすぐったい。やっぱり、自分の名前をキャラクターに付けたのは失敗だったな……なんて考えられるってことは、だいぶ回復した証拠よね。もう一度、体温を測ってみる。

 パソコンが起ち上がった頃に、体温計を取り出すと、三十九度二分ぐらいに下がっていた。雪のおかげかしら? だったら、この雪を食べれば、平熱に戻ったりして。

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