第3話 ホワイトアクセスマジック 3
それから、この魔法が一日に何度でも使えるらしいことを確かめ、ひとまずデータをセーブして終了させる。
さて、大事なのはこれから。
「実演を外でやるわけに行かない。かといって、家の中で、雪を降らせることができるのか。できるとして、どこに降らせよう……」
江山君は自分の部屋を、ぐるっと見回した。それから思案げに腕組みをすると、天井を見上げて、しばらく黙り込んだ。考えてくれているのだと分かっているから、邪魔をしないよう、こちらも静かにする。あたしはあたしで、このホワイトロールを、自宅に帰って一人で試すとしたら、どうしようかということに頭を悩ませた。
けど、程なくして、江山君がドアに向かって歩き出した。
「ちょっと待ってて」
それだけ言い残すと、足早に出て行ってしまった。
今日は江山君のお母さん、家にいるから、もしも今このタイミングで来られたらどうしよう。きちんと敬語を使って会話する自信は……あまりない。
なんて、勝手に緊張していると、近付く足音が。本当に来た?と焦ったけれども、ドアを開けたのは江山君その人だったので、胸をなで下ろす。
「びっくりした。……何を持って来たの?」
「洗面器」
いや、それはあなたの手元を見れば分かりますが。あたしの質問は、洗面器で何をするのかということとイコールで結んでくれなきゃ。
そんなあたしにかまわず、江山君はその青い洗面器を部屋の中央に置いた。
「洗面器に的を絞って、あの中に雪を降らせるってのはどう?」
「どう、と言われても」
「雪の量だけが問題で、あとは多分、大丈夫だよ。失敗してたとえば雨が降ったとしても、受け止められる。ははは」
「……そうね。雪でも、溶けて水になったら、怪しまれずに捨てられるし」
魔法使いが魔法で雪を洗面器に降らせるなんて、絵的には笑える構図じゃないかしらと想像したんだけど、実用面で納得。あたしはスプーン大の小さな杖を手に持つと、青い洗面器をじっと見つめ、頭の中でしっかりイメージを作り上げた。移動魔法のときもそうだけれど、現実に魔法を使う場合、輪っかは現れないみたいだから、心に対象物を強く思い描くことが大切なの。
そうして、普段よりも小さめの声で――だって、江山君のお母さんに聞こえたら変に思われる――、「ラスレバー・ホワイトロール」と唱える。
間髪入れず、江山君の感嘆したような声が。「降ってきた」
あたしは、視線を洗面器から少し上に移した。あ、雪?
「実際に使えると分かっていても、これは、感動的というか何というか……」
目をぱちくりさせる江山君の横手から、あたしは腕を伸ばし、洗面器の上に差し出してみる。触れてみたい。
中指の腹の辺りに、白い粒が舞い降りて来た。確かに冷たく、感触も本物の雪と同じ。じきに溶けて、水滴を作った。
「ねえねえ、江山君。パウダースノーっぽいわ、これ。本物のパウダースノーを触ったことないけど、そんな気がする」
「……ほんとだ。これまで見たことのある雪と、ちょっと違う」
江山君も手で触れた。細かな粉城の雪を、二人で実感し、また感動しちゃう。
「スキー場を開けるね」
江山君が笑いながら言った。
「そっか、そういう楽しい使い道もあるんだ。本場まで行かなくても、最高の雪でスキーができる!」
気分回復。楽しくなってきた。興奮しちゃったのかな、顔が火照ってる感じがして、手のひらで両頬を覆う。冷たくて気持ちいい。
雪は洗面器に一センチほど積もって、やんだ。
「一回の魔法で、適量を降らしてくれるのかな」
横顔にまだ笑みを残し、江山君が画面を覗き込む。
――うわぁ、何でこんなにどきどきするんだろう? そ、そりゃあ、江山君のこと、頼りにしているし、そのせいなのかどうか、この頃、ちょっといいなと思わないでもないけれど、でも、司の憧れの人だから……って、何をぶつぶつやってるんだろ、あたし。このどきどきは、きっとさっきの火照りが残っている、ただそれだけよ。
「そろそろ、二回目ができるかどうか、やってみようか」
自分を納得させたあたしの耳に、江山君の声が届いた。
「うん。あ、試す前に、あの雪はそのままでいい?」
洗面器を指差す。そこにある雪は、溶けきらずに残っていた。今日はまだ、暑いというほどではないおかげかもしれない。
「そうだな……分量を見るには、別にした方がいいか」
ビニール袋を取り出した江山君。前もって用意していたらしい。その二重にした袋に雪を移すと、空になった洗面器を、今度は机の上に置いた。
「二回目は、場所も変えてみよう。それから、距離も変えた方がいいかな。さっきよりも遠くから始めて、もしも降らなければ、段々と近付くんだ」
あたしは杖を握り締めると、机から離れた。
「どのくらい?」
「うーん、ま、部屋の中に限るから、ドアの手前辺りで」
あたしは閉じた扉のすぐ前まで来ると、そちらに背を向けて立った。一回目と違って、洗面器の内側がほとんど見えない。イメージを固める。洗面器を上から覗き込むイメージを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます