第7話 『アクセスマジック』へのアクセス:7
借りて帰るつもりだったのだろう、ノートを開こうか開くまいか、迷っている様子。私がそんな些末なことで迷ってないで、さっさと目を通してくれたらいいのにと感じ、じーっと見ていると、高月君は察したようだ。
「早く読めって顔してるな。でもな、読むのを中断するのって、あんまりしたくない質なんだよ」
「雨なら当分やみそうにないじゃない。一つくらいなら読み通せるって」
「雨とは別に、君のお母さんがご帰宅したら、さすがに退散しなきゃいかんでしょ。いつ戻られるの?」
なんだ、そんなことまで考えていたのね。ぷ、と吹き出すのを最小限に抑え、「お母さんが帰ってきても、別に出て行く必要ないでしょう。昔はよく遊びに行き来してたんだし」と説得?した。
「昔は昔、今は今」
おまじないのように応えた高月君は、それでもノートを開いて読み始めた。
私は三つ目のエピソードがどんな話なのか、気になり出している。理由はもちろん、新しい手掛かりがあるかもしれないから。
サブタイトルは確か「純白のマジカル・アクセス」だったっけ。純白って、花嫁衣装? それとも雪? 想像を膨らませると際限がない。
読むのが先か、検索が先か。悩みどころだわ。頼みの綱の高月君は、早々と物語に没頭したみたいだし、どうしよう……。
まずは忘れないうちに検索をちょっとでもやって、端末に単語を覚えさせておくのがいいかな。今の時点で調べきれなくても、後々、再入力の手間が省けて便利だし。そんな風な計算が働いて、検索に着手しようとした矢先。
「あ! そうか」
高月君が突然、叫んだ。高月君のこんな振る舞い、凄く珍しい。素っ頓狂とも言える声に、こっちはびくっとなった上に、変な姿勢(床に中腰でしゃがんでいた)をしていたからこけそうになった。
「も、もう、なぁに? いいなり大声出して」
「いやあ、ごめんごめん。読み始めたのはいいんだけど、なーんか話が合わないな、変だなって思っていたんだ」
「え? 何を言ってるのか分かんないんだけど……そんなにおかしなところあった?」
首を傾げつつも、一応、思い返してみる。高月君の読んでいるのは順番通り、最初のエピソードから。めくったページから言って、ほとんど進んでいないように見える。序盤も序盤で、理解するのに大変な内容なんかあったかしら。
「いやいや、おかしくなんかない。僕が勝手に誤解というか、思い込みをしていただけで、すぐに気が付いてしかるべきだった」
「あのさ、分かるように言ってくれる?」
もったいぶられている気がして、つっけんどんな口調で言ってやった。
その変化を高月君も敏感に感じ取ったみたい。即座に説明に入った。
「君のお母さんが書いたっていうことだから、君と同じ名字の女子生徒が主役か、少なくとも一人称の視点を取って描写しているんだろうなと、ほぼ無意識の内に想像していたんだ。ところが、一人称視点で主人公らしき女子は、“松井”さんとあるから、しばらくの間、混乱してしまって」
そういうわけだったのね。彼の話はまだ途中だったけれども、私は事情を飲み込めた。
「少しあとに、“江山”君の名前が登場してきたけれども、それでもまだピンと来なかった。江山は男子だったから。そこからもう少し読み進めたとき、やっと理解できた」
話を続けていた高月君が、ノートにある名前の箇所を指で押さえ、それから私の方を見た。
「江山さん、君のお母さんの旧姓が松井なんだ、ってね」
「そうよ」
私はおかしくてたまらなかったけれども、爆笑してしまうのだけは何とかこらえた。肩が震えて揺れる。
「二人が結婚して、私が生まれたの」
「――ていうことはだ」
さらに十分ほど読み進めていた高月君が、ノートから面を起こし、呟くように言う。
「これを読む限り、君のお父さんも有力な証言者になり得るんじゃないか。どう?」
私は「純白のマジカル・アクセス」の文章から目線を外し、天井を斜め上に見つめつつ、答える。
「お父さんの口からはこういう話、ただの一度も出たことないのよね。それにとても現実的な性格をしてるんだけど……今度聞いてみようかな」
――「『アクセスマジック』へのアクセス」ひとまず終わり
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