第3話 『アクセスマジック』へのアクセス:3
短く返事して、私はテーブルを離れた。コンロの前まで行き、やかんに水をつぎ足して、改めて沸かし始める。有無を言わせず、コーヒーを入れちゃえ。
「ある物語を読んで、その感想を聞きたいの。えっと、どこへ置いたか……」
テーブルの上に置いたつもりだったけれども、見当たらない。ちょっと首を傾げると、椅子の上に例のノートはあった。呼び鈴を聞いて立ち上がったとき、無意識に椅子へ置いたみたい。
「物語ぃ?」
私が手にしたノートを見つめながら、何故だか嫌そうな顔をする高月君。
「もしかして、君が書いた小説を読ませようっての?」
なるほどね。私の書いた素人作品を読むのは時間の無駄だと思って、嫌なんだ。だとしたら読んでもらえないか。とりあえず、正しい情報を伝えなくちゃ。
「残念、外れ。書いたのはお母さん、だと思う」
「お母さん?」
「ええ。興味わいた?」
「いや。ただ単に、意外だなと思っただけ。僕みたいな子供が分かったように言うのは失礼に当たるかもしれないけれど、君のお母さんは文学少女ってタイプには見えない」
「あー、どうかなぁ。文学と呼ぶよりかは、ライトノベルって言った方が近いかも」
「ラノベ! ますますタイプが違う。怖い物見たさで、ちょっぴり興味が出て来たかも」
「あの、言っとくけど、お母さんが今の年齢で書いたんじゃないからね。私達ぐらいの歳のときに書き綴ったみたいなの」
「そりゃそうか。で――」
高月君が何か聞いてきたんだけど、ちょうどお湯が沸くのと重なって、聞き取れなかった。私は来客用のマグカップでコーヒーを作り、彼の前に置いた。
「どうぞ。それで、さっきは何て?」
「自作ではなく、母親の書いた話をわざわざ読ませようとするからには、何か理由があるんだろ? それを教えてくれ。――うむ、濃いめで結構。僕好みだ」
高月君は私が普段飲むコーヒーよりもさらに濃い味が好きだ。正しくは香りが好きなんでしょうけど、濃くしないと感じられないのは鼻の効きがよくないんじゃないのって心配になる。
「甘い物、うちにあるのはもうこのプリンが最後だから、欲しかったら、いただいたばかりのお菓子を開けようか」
「コーヒーだけでいい。それよりも理由」
「読んでもらいたい理由ならあるわ」
私はノートに書かれた物語が、魔法の登場する話であることと、母の実体験に基づいているかもしれないことの二点をまず説明し、その上で本物っぽく感じていると伝えた。
「これって、母の言葉を信じてみようという身内に対する贔屓の気持ち故かもしれないなって思ったの。その点、高月君なら私と違って突き放して読めるでしょ。反面、お母さん達のことをある程度知っているし」
「要するに、君のお母さんが中学生の頃書いた、魔法の出て来る物語の真偽を判定してくれって? そりゃあ、読むまでもなく作り話だと答えたいところだけど」
もったいぶらず、でも、含みを持たせた言い方をして言葉を区切る高月君。私は黙って、続きを待った。
「君がこんな風にしてまで頼んでくるからには、何かあるのかもしれないね。読んでみようかな」
「ほんと?」
「あー、できればここを読んで判断して、というポイントがあればいいんだけどさ。返答が早くなる」
「う~ん、そう言われても、そんな風に意識しながら読んではいなかったのよねぇ。無茶苦茶長いってこともないし、最初から読んでもらえたら……」
「しょうがない、全部読むよ。どれが最初になるんだろう?」
「あ」
言われて思い出した。読み終えた第一のエピソードの書かれたノートは、元の部屋に置いたままだと。
わけを話して、取ってくることにする。部屋とキッチンを往復する間、今の状況がノートに記された物語とちょっぴりオーバーラップするような気がした。お母さんが私で、ちょっとした困り事を仲のいいクラスメートの男子に相談して、解決しようとしている。
「これが一冊目。今のお母さんの書く字と比べたら、サイズが大きめだから、見た目程分量はないし、割ときれいな字だからすいすい読めると思う」
ノートを手に戻って来て、そう言いながら渡すと、高月君はまず、ぱらぱらとページをめくった。
「確かに。これならストレスなく読める。読み終わる前に雨が上がったら、借りていっていいんだろうか、このノート?」
「さあ? ほぼ間違いなく母の物だろうから許可がいるとは思うけど、でも長いこと仕舞いっぱなしになっていたくらいだから、事後承諾っていうやつでいいんじゃないかしら」
「ふむ。書かれたのって、何年前?」
「お母さんが中学生から高校生に掛けての頃みたい。あ、あくまでも起こった出来事をリアルタイムで書いていたとしたら、だけどね」
「相当昔になるな。――その割には意外ときれいで、日に灼けた感じもたいしたことない」
ノートの表紙をためつすがめつする高月君。
「どうやって保管されていたんだろう?」
「それが少し変わってて、パソコンの間に差し込んであった感じ」
「パソコンに差し込む? そんな隙間がある?」
どこにびっくりしたのか、高月君の声が大きくなった。
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