『アクセスマジック』へのアクセス

第1話 『アクセスマジック』へのアクセス:1

 ~ ~ ~


 気が付くと辺りが暗くなっていた。

 え、もう日が暮れた!?と焦ったけれども、それは一瞬のこと。置き時計の文字盤を見るとまだ早い。お昼ご飯のあと、しばらく経ってから持ち物の仕分けを始めて、今は午後三時半といったところだった。

 ノートを手放し、立ち上がった私は窓縁まで駆け寄った。ガラスに頬を当てんばかりの姿勢を取り、上目遣いに天を見る。高層の建物や木々が邪魔で見通しが完全には効かないけれども、どんよりとした黒い雲が太陽をすっぽりと覆い隠し、徐々に広がりつつあるのが分かった。

 これはひと雨来そう。出掛けている母のことがちょっと心配になる。確か、天気予報では雨が降るなんて言ってなかった気がする。

 でも、傘が必要なら連絡してくるわよね。こっちから電話することはない。それに、おやつの時間だし。

 そう意識すると、少しずつ、疲れた気分がしてきた。徐々に大きくなっていき、甘い物が欲しい!と切に願う。荷物の選別に体力を使い、母の書いた小説?を読むのに頭を使ったんだから、エネルギーが足りなくなって当然だ。

 私はパソコンとフロッピーディスクを試してみるのを後回しにし、その部屋を出ることにした。問題のノートを二冊持って、ダイニングキッチンへと足を向ける。

 そこもまた暗かったので灯りを付けてから、おやつの準備に取り掛かった。水を入れたやかんをIHコンロに掛け、システムキッチンの台に寄りかかりながら沸騰するのを待つ。そして腕組みをして考える。何を? もちろん、さっきまで読んでいたノートの内容のことを。

 これまで二つのエピソードを読んで抱いたのは、現実離れしていながらも、一部、本当っぽい箇所もなくはなかったなあ、という感想。よく知っている人が出て来るからというのが大きな理由だとは思うんだけれど、それ以外でも妙に日常的というか肌感覚がフィットするっていうか……うまく言い表せないけれども、すぐ隣に居るリアリティって感じ? もちろん、こんなことあり得ないという理性は働いている。にもかかわらず、本当らしく感じてしまうのは、母親が書いたという身びいきからなのかな。でも、ちょっと前まで私、お母さんのほら話だと思って全然信じていなかった。

 そこまで考えをまとめたところで、やかんが高い音を立てた。湿度の関係かしら、兆しとなる立ち上る湯気が見えなかったものだから、ちょっとびっくりした。

 お湯が沸いたので、濃いめのインスタントコーヒーを入れる。割と最近まではコーヒーの苦みが(文字通り)苦手で、もし飲むとしても砂糖を入れていた。けれども、いつの頃からか、甘いお菓子を甘い飲み物と一緒にいただくのが段々受け付けなくなってきた。物語の中のお母さんみたいに、体重を気にしたんじゃあないのよ。味覚が変化したんだと思う。ちょうど同じ時期、比較的仲のいいクラスの男子が缶コーヒーのブラックをよく飲むようになり、私も飲むようになった。

 でも、お抹茶はまだ苦手。和菓子との組み合わせだけでなく、抹茶味のスイーツも好んで口にすることはない。

 冷蔵庫からプリンとスポンジケーキからなるカップ型のデザートを出してきて、スプーンも忘れずに添えて、テーブルに置く。さあ、いただきますをしようとしたとき、呼び鈴の音が聞こえた。

 キッチンは早くからIH化されていたけれども、呼び鈴は昔ながらのままだ。カメラ付きインターフォンのシステムなんて気の利いた物はないから、玄関まで行かなきゃならない。

 こんなタイミングで一体何よと口の中で文句を唱えつつ、玄関に到着。上がり框から降りて靴を履いて、ドアにあるのぞき窓に目を近付ける。

 と同時に、また呼び鈴が鳴らされ、若干耳障りな音が。せっかちだなぁと眉間にしわが寄るのを意識し、これではいけないとスマイルに努める。来訪者が誰なのかは、のぞき窓から見てもう分かっていた。ついさっき思い浮かべたばかりのクラスの男子、高月たかつき君だった。

「はいはい、そんなに急かさないでよ」

 軽い調子で言いながらドアを開ける。高月君は挨拶もそこそこに紙袋を胸の高さまで持ち上げると、「これ、お袋から」と言った。

「あ、ありがと。って何?」

「中身のことなら、お菓子だと思う。どういう意味合いの物かというと、これまで何かとお世話になりましたって」

「ああ……引っ越すけれども、転校はしないわよ」

 どこで聞きつけたんだろうと訝る気持ちを抑え、さらりと答える。高月君はほんの短い間きょとんと目を丸くしたけれども、すぐにそれを隠して、「あ、やっぱり」と反応。

「どうりで、他の女子が何にも騒いでいないなあって思ってたんだ。お袋が勘違いしたのか、間違った噂を聞き込んだらしいや」

「お父さん――父の勤め先が新しい部署を建物ごと作って、父がそこの責任者になるの。この家からだとちょっと遠くて不便なので、近くに移るだけなのよね。校区は変わらないから、転校もしない。どちらかというと、私の方が通学に時間が掛かるようになるから腹立つわ。とにかく、そういう事情だから、お菓子、持って帰ってくれていいよ」

「いや、そんな訳にもいかないだろ。ご近所さんでなくなるのは事実なんだし」

 それもそっか。私は手に押し付けられた紙袋の紐を、しっかりと握った。

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