第11話 お祈りアクセスマジック 11

 でも、こっちだって驚いちゃって、すぐには返事できない。

「ここは子供の来る場所じゃない」

 戸を開けて、その男の人は外に出てきた。紺色の作業服らしき服を着ている。目がくぼんだ感じで、疲れ切った表情に見えた。年齢はよく分からない。

「あ、あの」

 焦るっ。つまみ出されちゃ、元も子もない。

「僕ら、お手伝いできると思うんです」

 とっさの判断で、江山君が言ってくれた。でも、ずいぶんストレートな言い方。普段はあれだけ話のうまい江山君でも、今のこの状況は苦しいらしい。

「何のことだね」

 おじさん、聞くだけは聞いてくれる人みたい。心の中で胸をなで下ろす。何でもいい、とにかく聞いてほしかった。

「実は彼女、特別な力があって」

 江山君は、治療魔法のことをごく簡単に説明した。

 対するおじさんの反応は、想像していた通りだった。

「信じられないな」

 怒り出しはしなかっただけ、ましかもしれないわ。希望は捨てない。

「見てください」

 あたしは近くに生えてる木の枝に手をかけると、その細い一本を、折れかけの状態にした。

「すみません。よく、見てください」

 江山君に引っ張られ、おじさんはのろのろと木の方に近寄ってきた。

「何が始まるんだ」

 さすがにいらいらし始めたみたい。急ごう。

「ラスレバー・ハーモニー」

 あたしは取り出した杖を掲げ、治療の呪文を唱えた。金色の粉が枝の折れ口に降り注ぐ。見る間に木は元通りになり、粉は消えてなくなる。

「どうですか?」

「……手品かい?」

 目をこすってはいるけど、まったく信じてない。

「ち、違いますっ。あたしが治したんです。折れた木を治療したんです!」

「……仮に……」

 言いながら、枝を触っているおじさん。

「君が枝を治したんだとして、それがどう関係あるんだ?」

「ですから、トンネルの中で苦しんでる人がいるでしょう? その人達に」

 すると、おじさんは、首をゆっくりと左右に振った。意味が分からず、あたしは江山君と顔を見合わせる。そして、再びおじさんに視線を戻した。

「……そうか、発表されてないんだっけか。……本部の観測では、生存確率ゼロなんだよ……」

「――嘘!」

 場所もかまわず、叫んだ。

「嘘じゃないよ。君達みたいな子がいるのは、分かってた。無事の救出を信じてる人がいる。家族の人達だってそうだよな……」

 頭をまた振るおじさん。

「確率だけですよね」

 鋭い口調になってる江山君。

「あ? ああ」

「だったら、分からないじゃないですか」

「俺達だって、そう願ってる」

 おじさんの声は震えていた。

「だけどな、おまえ達も、あのバスの車体を見たら」

「見せてください」

 ここぞとばかり、江山君。

「何?」

「見せてください。現場に行かせてください」

「……何てこった。えらくわがままな幻だ」

 おじさんは、あたしと江山君を幻覚だと思い込んでいるらしい。

「自分の一存じゃ無理だ。他の人に当たってくれ」

「そ、それじゃ、誰かに会わせてください」

「いい加減、消えてくれっ」

 おじさんは最後に大声で怒鳴ると、戸を勢いよく閉めて、中に引っ込んでしまった。

「……だめだわ。いけると思ったのに」

「あの人、疲れ方がひどかった。あそこまで応対してくれただけで、奇跡かもしれないよ」

 慰めにならない。

「こうなったら、日没で作業が終わるのを待って、トンネル内に侵入するしかない」

「あたしはそこで、治療魔法を使い続ければいいのね」

「そうなるかな……。岩や車体越しに、どれだけ効果があるか分からないけど、それしかない」

 あたし達はうなずき合った。


 こっそり、トンネル近くの大きな岩影に場所を移した。晩ご飯として持って来たおかずパンを詰め込んで、日が暮れるのを待つ。

 江山君は準備よく、ラジオを持って来ていた。それで落盤事故のニュースを聞いて、時間を過ごす。

 救出作業は進んでいたけど、知らされるのは、遺体発見ばかり。バスの運転手さんとバスガイドさん、それに乗客七名が遺体となって運び出されたって、聞かされた。乗用車の一人と合わせ、十名の犠牲者。

 すぐ、そこなのに! 飛び出していって、精一杯、ラスレバー・ハーモニーって唱えたい!

 ライトが点いた。それが合図だったかのように、ぞろぞろと救出隊員の人達が引き上げて行く。

「やっとね」

「いや。何人か残っているみたいだ」

「そんなあ。困る」

 確かに、いくつかの人影がトンネルの入り口付近に立っている。

「見張りかな」

「テレビでは、そんなの、いなかったわよ」

「そうだよな。あ、帰って行く」

「ほんと?」

 見れば、残っていた数人も、ざくざくと足音をさせながら、プレハブ小屋の方向へ消えていった。

「よし、誰もいなくなった。あとは、なるだけ照明を避けて、中まで行こう」

 あたしはうなずき、江山君に続いて岩影を出た。

 移動魔法に回数制限がなければ、こんな苦労しないのに、と思う。今日はあと一回しか使えない。これはいざというときにだけ使うつもり。

 転がる石の音にびくびくしながらも、どうにかトンネル内に潜り込めた。

 そして……気が遠くなりそうになる。

「ひどい……」

 口を両手で覆った。目は、そこにある物に釘付けにされる。

 ぐしゃぐしゃに潰された、バスの正面。ナンバープレートが何とか読み取れるのが、かえってもの悲しい。その上には大きな岩ののしかかっていた痕跡が、くっきりとあった。さらに、車体の金属のそこここが切断されている。必死の救出作業の成果が、ここではよく分かった。

「ちゃんと……やってくれてるんだね」

 申し訳ない気持ちが湧き起こる。テレビの前で、何をやってるんだろうって、救出隊の人達を非難していたのが恥ずかしい。

 そして、目の当たりにした岩の大きさ。それは、自然の大きさに通じてるような思いがする。人の無力さを思い知らされた気もした。打ちのめされた気分。

「落ち込んでなんかいられないぞ」

 あたしの心を読んだかのように、江山君が低く、しかしきっぱり言った。

「うん。外、見ていてね。誰か来たら教えて」

「OK」

 トンネルの出口の方を向いた江山君。

 あたしは魔法の杖を落とさぬよう、握る手に力を込めた。

 閉じ込められている人達に、できるだけ近付きたい。そう思って、まるで舞台のようになったバスの車体に上ろうとした。けど、押し潰されたとは言っても、高さはある。よじ登らなきゃいけない。

 ぐっと、後ろから押す力を感じた。振り返ると江山君。

「言えよ」

 怒ったような口ぶり。

 あたしはよじ登ることに成功してから、「ごめん。ありがとう」と言った。

「頑張れ。倒れない程度にな」

 励ましの声。さほど大きな音量じゃないけど、トンネル内だからか、反響している。

 バスの車体の上半分は、中程まで切り取られていた。ここから後ろ半分に十六名の人がいるんだ。さらにバスの後ろ、家族四人が乗用車に閉じ込められている……。

 気合いが入る。

 助けを求める声は聞こえてこない。だけど、それは亡くなってしまったからではなく、声も出せずに苦しんでいるんだ。

 あたしは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。こうすることで、魔法の効果が最大限まで高められる――そんな気がする。

 杖を両手でかまえた。

「ラスレバー・ハーモニー!」

 あふれ出る金色の粉。

 お願い、届いて! 必死に祈る。祈り続ける限り、金色の粉も次々と出て、岩や車体を通過していく。

 ひょっとしたら……無生物は素通りして、生命ある物にだけ効果を発揮するのかも? 希望が少しだけ、大きくなった。

 あたしは必死に念じ続けた。

 届いて!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る