第10話 お祈りアクセスマジック 10

 強く強く、何度も頭を振った。髪が乱れて、目や口に入ってくる。

「そ、その人は運悪く、亡くなっただけよ。そうに決まってるっ」

「冷静に考えて。若くて体力のある大人の男の人が、死んでいたんだ。他に」

「うるさいっ!」

 思わず叫んでいた。

 同時に、ぼろぼろと、涙が流れ出していく。

「理屈じゃないのよ。あなたの言うこと、よく分かる。嫌でも分かってる。けれどね! 何かしないと、あたし、絶対に後悔する。だから」

「……」

 江山君は黙っている。その表情は、よく見えない。

 両手で目をぬぐいながら、あたしは続けた。

「あたしのできること、完全に出し切りたいの。こうしてる間にも、あのトンネルの中で、生きてる人が死んでいってるかもしれないんだよ。そりゃあね、難民とか飢餓とか戦争とか、世界中で同じようなことが起こっている。その全員を助けるのは無理かもしれないわ。でも、全部を助けられないからって、一部を助けるのまで放棄しない、絶対に!」

「分かった」

 唐突に、江山君は言った。きょとんとしてしまう。

「負けた、降参」

 両手を肩の高さに上げている彼に、あたしは声をかけた。

「止めないの?」

「もう止めない。理屈に合わない魔法を使うのに、理屈をこねても始まらないね。あっと、でも、一つだけ。――充分に気を付けて」

「……ありがとう」

 また涙が出て来ちゃった。


 しっかり、崩落事故現場をイメージしてみる。

 と言っても、トンネルの中には入れない。車体の一部が覗いているバスの中への移動も、まず、不可能。やっぱり、対策本部――テントからプレハブ小屋に建て替えられていた――にもぐり込んで、訴えるしかないと考えた。

「相手にされない確率、大だなあ」

 江山君は不安らしい。あたしだって不安だ。

「君が松井飛鳥っていう女子中学生だということは隠せても、魔法だけは使わないといけないだろ。その魔法を信じさせるのに、また手間取りそう」

「悩んでる時間、ないのよ。あたし、もう行く」

 時刻は午後四時。一旦、家に帰って着替えたり、あれこれ考えたりしてる内に、あっという間に時間が過ぎてしまってる。

「心配だから、僕も行く」

「え?」

 思わぬ申し出に、あたしは声を上げた。

「どうやって?」

「いっしょに移動する。できるはずだよ」

 にやりと笑う江山君。それって、もしかして……。

「君は自分自身だけを移動しているつもりだろうけど、実際は服なんかもいっしょに移動している。だから、僕を荷物と見なせば多分、可能だ」

「そうかもしれないけど……」

「アリバイ作りは、横川さんが引き受けてくれたんだろ」

 成美の家に電話をかけ、何度も頼み込んだ。話せるときが来たら理由を話すからということで押し切ったら、不承不承だったけど、成美、引き受けてくれた。

「行こう。時間、ない」

「え、ええ」

 あたしは江山君の左手を右手で握りしめた。強く、しっかりと。

「放さないでよ」

「もちろん。さっきと違って、放すもんか」

 くすっと笑えた。

「じゃあ、始めるわ」

 あたしは左手で杖をかまえ、脳裏にイメージを映し出した。できれば思い浮かべたくない、あの事故現場。そこからちょうど百メートル横にある、事故対策本部のプレハブ小屋。この一週間、何度飛んで行こうと考えたことか。だからこそ、鮮明なビジョンを浮かべられる。

「ラスレバー・エブリフェア」

 ほんのちょっぴり、不安はあったんだけど、やってみると、いつもと変わりなかった。浮遊感のあと、光があたしと江山君を包み、次に開けた景色は、D県の事故現場。プレハブ小屋の脇。

 さすがに、最初から小屋の中には移動できなかった。だって、人の上に落っこちたら、印象悪すぎでしょ。

「立入禁止になってる」

 黄色と黒のロープの内側に立ちながら、江山君はそんなこと言ってる。

「当たり前よ。普通の人が入れるわけない」

「やっぱり、いきなり、直談判する気かい?」

「他にある? いきなり事故の現場に行くより、ましだと思ってるんだけど」

「そうだね。しょうがないか。できれば、責任者の人、一人だけと会いたいんだけどな」

 あたし達二人して、そっと窓を覗き込む。人影は見当たらない。

「難しそう。責任者って、対策本部長とか?」

「うん……。よく分からないけど、救出の現場責任者に当たった方が、話が早いかもしれない」

「だから、対策本部長じゃないの?」

「いや、多分、別の人がいるよ。どこをどう掘っていくかとかを指示する人が」

「それじゃあ、そっちに行きましょう。ぐずぐずしてられない」

 そう言ったとき、声が聞こえてしまったのか、小屋から男の人が顔を出した。見付かってしまった。

「こ……何をしてるんだ?」

 あたし達みたいな子供がいるとは思っていなかったみたいで、その人はぽかんと口を開けてから、ゆっくりと聞いてきた。

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